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新天地へ
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翌日。
私の起こした騒動と婚約破棄の連絡を受けた伯父は、とりなしを求めて王宮へ飛んで行った。
説得された王だったが、婚約破棄の意志は変えなかったらしい。
それどころか、袖の下を追加しようとした伯父に嫌悪の表情を浮かべたのだとか。
そして伯父は、怒りを私にぶつけた。
「婚約破棄されるような娘を家に置いておいては、我が家の名誉が地に落ちてしまいかねない! 領地の端にあるオークリーの別荘でしばらく頭を冷やしていろ!」
執務室へ呼ばれた上で伯父にそう言われ、私はしおしおとうなだれる。
けれど顔を伏せた時に、思わず口の両端が上がってしまった。
いけないいけない。
喜んでいるだなんてばれてしまったら、「家で反省していろ!」と言われてしまう。
心配になってちらっと様子を見るが、伯父にはバレてはいない。
近くにいた執事も、渋面のままで気づいていないようだ。
そうして私は、すぐに領地へ向かわされた。
でも行先は、領地の館ではない。
少し離れた場所にある別荘だ。
領地の本館に私を送らなかったのは、自分に恥をかかせた私と会いたくなかったから、という理由だとメイド達の噂話で知った。
私にとってはかなり嬉しいことだった。
伯父がいない場所なら、使用人の数も少ない。
監視の目がゆるいので、すぐにでも脱出できるだろう。
別荘に到着後、私は脱走の準備をした。
この別荘の使用人は、予想より少なかった。
領地の領主館から移動させてきた使用人も、わずかに二人。あとは雑用をする使用人が一人だけ。
本来なら掃除や洗濯に令嬢の世話をするため、メイドが最低でも五人は必要だ。料理や洗濯のためにも人を雇わなければならない。
だけど私への懲罰として決めた幽閉だから、質素な暮らしをさせようと思ったのではないだろうか。
貴族令嬢として生活してきた私が、一人で逃げ出すなんて考えもしなかったようだ。
おかげで元々別荘を管理していた夫婦を含めても五人しか人がいないので、脱走しやすい。
私は数日、部屋の中で涙ながらに刺繍をして、外出なんてしたくない……というふりをした。
『お嬢様は、婚約破棄されたのが悲しくて、部屋に引きこもっている』
そう思わせるために。
一週間ほどたつと、ベルを鳴らさない限りは、メイドが御用伺いに来ることがなくなった。
元々私のことをよく知らなかった領地の召使いは、父親を怒らせた貴族令嬢はこんな風になるのだ、と思ったのかもしれない。
そこからさらに一週間。
完全に生活時間が固定され、メイドたちが油断しきったと確信したところで――別荘を抜け出した。
まずは馬を一頭、厩舎から拝借する。
馬の世話をする使用人が、夜はそうそうに眠ってしまうと知っていた。
案の定、全く人の気配もなく、使用人の部屋からも遠い場所なので、馬を引き出しても気づかれることなかった。
馬に乗るのは慣れている。乗馬を習っていて本当に良かった。
これで、ある程度遠くまで一気に移動できる。馬はかわいそうだけど、どこかで売ろう。
「パトラ村までは、間に町がいくつかあるから、むしろ町の方を警戒しなくちゃ」
メイドの黒のワンピースを拝借してきているけど、これでも衣服としては目だってしまう。
貴族の別荘やお屋敷のない町に、メイドのお仕着せ姿で馬に乗って来るなんて異様だもの。
お仕着せの上に、使い古して捨てられていた外套を拾って羽織ったので、いくぶんマシだとは思うけれど、油断してはいけない。
そうして到着した一つ隣の町は、けっこう大きな所だった。
主人の使いという体で、持ってきていた宝飾品のうち、小さな物をいくつか売ることにした。
物の売り買いについては、商人を呼んで買い物をしていたからある程度心得ていたけれど、店の場所を調べる方が大変だった。
誰かに聞くしかなくて、声をかけるのに勇気が必要だったから。
でも人々は気さくで、店の場所も教えてくれた。
教えられた店もガラの悪そうな地域ではなく、こざっぱりとした衣服の人達が行き交う場所にあったし、安全だった。
メイドのふりをして売ることも上手くできたようで、価値通りの対価を得られたか全くわからないけれど、それなりのお金は手に入れた。
それで古着を買い、なるべくしっかりとした宿に泊まって着替えと休憩をした。
私の起こした騒動と婚約破棄の連絡を受けた伯父は、とりなしを求めて王宮へ飛んで行った。
説得された王だったが、婚約破棄の意志は変えなかったらしい。
それどころか、袖の下を追加しようとした伯父に嫌悪の表情を浮かべたのだとか。
そして伯父は、怒りを私にぶつけた。
「婚約破棄されるような娘を家に置いておいては、我が家の名誉が地に落ちてしまいかねない! 領地の端にあるオークリーの別荘でしばらく頭を冷やしていろ!」
執務室へ呼ばれた上で伯父にそう言われ、私はしおしおとうなだれる。
けれど顔を伏せた時に、思わず口の両端が上がってしまった。
いけないいけない。
喜んでいるだなんてばれてしまったら、「家で反省していろ!」と言われてしまう。
心配になってちらっと様子を見るが、伯父にはバレてはいない。
近くにいた執事も、渋面のままで気づいていないようだ。
そうして私は、すぐに領地へ向かわされた。
でも行先は、領地の館ではない。
少し離れた場所にある別荘だ。
領地の本館に私を送らなかったのは、自分に恥をかかせた私と会いたくなかったから、という理由だとメイド達の噂話で知った。
私にとってはかなり嬉しいことだった。
伯父がいない場所なら、使用人の数も少ない。
監視の目がゆるいので、すぐにでも脱出できるだろう。
別荘に到着後、私は脱走の準備をした。
この別荘の使用人は、予想より少なかった。
領地の領主館から移動させてきた使用人も、わずかに二人。あとは雑用をする使用人が一人だけ。
本来なら掃除や洗濯に令嬢の世話をするため、メイドが最低でも五人は必要だ。料理や洗濯のためにも人を雇わなければならない。
だけど私への懲罰として決めた幽閉だから、質素な暮らしをさせようと思ったのではないだろうか。
貴族令嬢として生活してきた私が、一人で逃げ出すなんて考えもしなかったようだ。
おかげで元々別荘を管理していた夫婦を含めても五人しか人がいないので、脱走しやすい。
私は数日、部屋の中で涙ながらに刺繍をして、外出なんてしたくない……というふりをした。
『お嬢様は、婚約破棄されたのが悲しくて、部屋に引きこもっている』
そう思わせるために。
一週間ほどたつと、ベルを鳴らさない限りは、メイドが御用伺いに来ることがなくなった。
元々私のことをよく知らなかった領地の召使いは、父親を怒らせた貴族令嬢はこんな風になるのだ、と思ったのかもしれない。
そこからさらに一週間。
完全に生活時間が固定され、メイドたちが油断しきったと確信したところで――別荘を抜け出した。
まずは馬を一頭、厩舎から拝借する。
馬の世話をする使用人が、夜はそうそうに眠ってしまうと知っていた。
案の定、全く人の気配もなく、使用人の部屋からも遠い場所なので、馬を引き出しても気づかれることなかった。
馬に乗るのは慣れている。乗馬を習っていて本当に良かった。
これで、ある程度遠くまで一気に移動できる。馬はかわいそうだけど、どこかで売ろう。
「パトラ村までは、間に町がいくつかあるから、むしろ町の方を警戒しなくちゃ」
メイドの黒のワンピースを拝借してきているけど、これでも衣服としては目だってしまう。
貴族の別荘やお屋敷のない町に、メイドのお仕着せ姿で馬に乗って来るなんて異様だもの。
お仕着せの上に、使い古して捨てられていた外套を拾って羽織ったので、いくぶんマシだとは思うけれど、油断してはいけない。
そうして到着した一つ隣の町は、けっこう大きな所だった。
主人の使いという体で、持ってきていた宝飾品のうち、小さな物をいくつか売ることにした。
物の売り買いについては、商人を呼んで買い物をしていたからある程度心得ていたけれど、店の場所を調べる方が大変だった。
誰かに聞くしかなくて、声をかけるのに勇気が必要だったから。
でも人々は気さくで、店の場所も教えてくれた。
教えられた店もガラの悪そうな地域ではなく、こざっぱりとした衣服の人達が行き交う場所にあったし、安全だった。
メイドのふりをして売ることも上手くできたようで、価値通りの対価を得られたか全くわからないけれど、それなりのお金は手に入れた。
それで古着を買い、なるべくしっかりとした宿に泊まって着替えと休憩をした。
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