上 下
5 / 29

新天地へ

しおりを挟む
 翌日。
 私の起こした騒動と婚約破棄の連絡を受けた伯父は、とりなしを求めて王宮へ飛んで行った。
 説得された王だったが、婚約破棄の意志は変えなかったらしい。
 それどころか、袖の下を追加しようとした伯父に嫌悪の表情を浮かべたのだとか。

 そして伯父は、怒りを私にぶつけた。

「婚約破棄されるような娘を家に置いておいては、我が家の名誉が地に落ちてしまいかねない! 領地の端にあるオークリーの別荘でしばらく頭を冷やしていろ!」

 執務室へ呼ばれた上で伯父にそう言われ、私はしおしおとうなだれる。
 けれど顔を伏せた時に、思わず口の両端が上がってしまった。
 いけないいけない。
 喜んでいるだなんてばれてしまったら、「家で反省していろ!」と言われてしまう。

 心配になってちらっと様子を見るが、伯父にはバレてはいない。
 近くにいた執事も、渋面のままで気づいていないようだ。

 そうして私は、すぐに領地へ向かわされた。
 でも行先は、領地の館ではない。
 少し離れた場所にある別荘だ。
 領地の本館に私を送らなかったのは、自分に恥をかかせた私と会いたくなかったから、という理由だとメイド達の噂話で知った。

 私にとってはかなり嬉しいことだった。
 伯父がいない場所なら、使用人の数も少ない。
 監視の目がゆるいので、すぐにでも脱出できるだろう。

 別荘に到着後、私は脱走の準備をした。

 この別荘の使用人は、予想より少なかった。
 領地の領主館から移動させてきた使用人も、わずかに二人。あとは雑用をする使用人が一人だけ。
 本来なら掃除や洗濯に令嬢の世話をするため、メイドが最低でも五人は必要だ。料理や洗濯のためにも人を雇わなければならない。
 だけど私への懲罰として決めた幽閉だから、質素な暮らしをさせようと思ったのではないだろうか。

 貴族令嬢として生活してきた私が、一人で逃げ出すなんて考えもしなかったようだ。
 おかげで元々別荘を管理していた夫婦を含めても五人しか人がいないので、脱走しやすい。

 私は数日、部屋の中で涙ながらに刺繍をして、外出なんてしたくない……というふりをした。
『お嬢様は、婚約破棄されたのが悲しくて、部屋に引きこもっている』
 そう思わせるために。

 一週間ほどたつと、ベルを鳴らさない限りは、メイドが御用伺いに来ることがなくなった。
 元々私のことをよく知らなかった領地の召使いは、父親を怒らせた貴族令嬢はこんな風になるのだ、と思ったのかもしれない。

 そこからさらに一週間。
 完全に生活時間が固定され、メイドたちが油断しきったと確信したところで――別荘を抜け出した。

 まずは馬を一頭、厩舎から拝借する。
 馬の世話をする使用人が、夜はそうそうに眠ってしまうと知っていた。
 案の定、全く人の気配もなく、使用人の部屋からも遠い場所なので、馬を引き出しても気づかれることなかった。

 馬に乗るのは慣れている。乗馬を習っていて本当に良かった。
 これで、ある程度遠くまで一気に移動できる。馬はかわいそうだけど、どこかで売ろう。

「パトラ村までは、間に町がいくつかあるから、むしろ町の方を警戒しなくちゃ」

 メイドの黒のワンピースを拝借してきているけど、これでも衣服としては目だってしまう。
 貴族の別荘やお屋敷のない町に、メイドのお仕着せ姿で馬に乗って来るなんて異様だもの。
 お仕着せの上に、使い古して捨てられていた外套を拾って羽織ったので、いくぶんマシだとは思うけれど、油断してはいけない。

 そうして到着した一つ隣の町は、けっこう大きな所だった。
 主人の使いという体で、持ってきていた宝飾品のうち、小さな物をいくつか売ることにした。

 物の売り買いについては、商人を呼んで買い物をしていたからある程度心得ていたけれど、店の場所を調べる方が大変だった。
 誰かに聞くしかなくて、声をかけるのに勇気が必要だったから。
 でも人々は気さくで、店の場所も教えてくれた。

 教えられた店もガラの悪そうな地域ではなく、こざっぱりとした衣服の人達が行き交う場所にあったし、安全だった。
 メイドのふりをして売ることも上手くできたようで、価値通りの対価を得られたか全くわからないけれど、それなりのお金は手に入れた。

 それで古着を買い、なるべくしっかりとした宿に泊まって着替えと休憩をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

処理中です...