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〘161〙感動の味
しおりを挟むこんなの、見たことない。ハルチカの第一印象は、これほど美しい食べものがあるのかという驚きだった。
カラフルな果物を散りばめたスイーツケーキは、切りわけた皿のうえで、芸術作品のようにキラキラと輝いて見えた。生クリームの甘いにおいが、胸をときめかせる。添えてある木製のフォークでひと口ほおばると、躰じゅうに電撃が走った。
「わっ、おいしい!」
ほとんどの従業員が大広間に集まって、フルーツケーキに舌鼓を打つなか、桜桃を口移しでエンオウに食べさせるエンジュは、となりに坐ったヒシクラに「ばかもん」と注意された。「なんだよ、おっさんもやってほしいわけ? ほら、アーン」舌にのせた生クリームを、ヒシクラに舐めさせようとする。さすがのエンオウも、「エンジュ、やめろ」と、横から諫めた。
わいわいと和やかな雰囲気でケーキを味わうハルチカだが、その場にアカラギの姿はなく、早めに食べ終えて、廊下にでた。
「哥さん……、」
ハルチカは、アカラギを探して歩きまわった。とにかく逢いたい。ひと目だけでも、哥の顔が見たい。ただ、アカラギの声が聞きたかった。
「哥さん、どこなの?」
暮らし慣れたはずの空間が、どこもかしこもひろく感じた。調理場にいたサイキチへアカラギの居場所をたずねてみたが、知らないと首を横にふる。楼主と従業員の住み込み部屋以外は足を運んだが、それでも、アカラギは見つからない。
「変だな……。また出かけちゃったのかなぁ、」
現在地は三階で、まだ見ていない場所は、ひとつだけあった。廊下の突き当たりにある、お仕置き部屋だ。まさか、そんなところにアカラギがいるとは思えない。ハルチカにとってその部屋は、苦渋の思い出しかない。
「哥さん、いるの……?」
扉の把手を引くと、ギィッと鈍い音を立ててあいた。ふだんは施錠されているため、意外だった。反射的にぎょっとなるハルチカだが、黴くさい空間の奥に人影を発見し、部屋のなかへ進んだ。
「に、哥さん?」
「ハルチカ、おまえ、なにしに来た。」
暗がりに半裸の状態で坐るアカラギは、背後の物音に気がつき、肩越しにふり向いた。ハルチカの接近を許したが、とくに慌てるようすはない。いっぽうハルチカは、右腕の包帯に目を留め、不安そうな表情を浮かべた。
「本当に怪我をしたんだね……。ヒシクラさんに、路上で襲われたってきいたよ。その腕、ちゃんと動かせるの? 痛くない?」
「それを今、じぶんで確かめていたところだよ。」
アカラギは小さく笑みをつくり、着物の衿をあわせて立ちあがる。三日ぶりに見たハルチカの顔色は青ざめていたが、肩を引き寄せて軽く口唇を被せると、ケーキを食べたあとの甘い味がした。
「哥さ……、」
「まぬけ。おかえりくらい云えよ。」
「お、おかえり……、」
「ただいま」というアカラギの息が頬にとどくハルチカは、気恥ずかしくて口ごもった。お仕置き部屋に窓はない。互いに顔を近づけて、もういちどキスをした。こんどは長めに呼吸を合わせ、ハルチカはアカラギの体温と背中にまわされた腕の勁さに、心の底から安堵した。
「泣いたのか、」
「……うん。だ、だって、哥さんが刺されたなんて、信じられなくて、どうしてそんなことになったのか、ちゃんと教えてほしい。おれ、すごく心配したし、ものすごく怖かったんだよ……。無事でよかった……、本当に……、おかえりなさい……、」
アカラギの身を案じて流れた涙のせいで、ハルチカのまぶたは腫れていた。上級男娼の情緒を不安定にさせた罪深い男は、キスと抱擁だけでは、ごまかせない。そこでアカラギは、ハルチカにある提案をした。
✓つづく
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