曙花町男娼夜鷹坂

み馬

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〘139〙エンジュ

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「あんたさ、蟻の寿命って知ってる?」


 働きアリは全員メスで、オスは子孫を残すために存在する。どちらの場合でも役目を果たしたら一生を終える。働きアリのメスは卵巣を持ち、交尾をしなくても単位生殖でオスを産むことができたが、産卵の担当は女王アリである。

 仕事の合間に、裏庭の井戸端にしゃがみこみ、せっせと地面を移動する働きものを見つめていたエンオウは、三日前から夜鷹坂の住人となったエンジュに、声をかけられた。受け身の青年だが、男ぶりのいい顔立ちをしており、やや横柄に聞こえる語り口は、エンオウをたじろかせた。来たときは必要としていなかった眼鏡をかけている。男娼とは思えないほど、見かけよりも筋肉のある躰つきをしていた(持ちもの、、、、の色は、脱がせてみなければわからない)。とはいえ、これまで、タカムラとアカラギの目利きに狂いはなかった。顔をあげてエンジュを見据えるエンオウは、もしかしたら両刀なのかと察した。長い前髪と糸のように細い目につき、エンジュのほうで顔を近づけてきた。

「あんたってさ、そうやって、実直なふりして、結構なタマ、、の持ち主だろう。」

「……タマ?」

「元気づけてやろうか?」

 云うなり、エンジュの手はエンオウの股ぐらをさぐる。ヒシクラと似たような作務衣さむえ姿のエンオウは、下衣のなかにすべり込んでくるエンジュの手頸を摑んだ。

「あんた、名前は?」

「エンオウ……、」

「へえ、エン、、までいっしょだな。おれはエンジュだ。びるって書く。なにかの転訛らしい。」

「名前を気にしても、生きづらいだけだ……、」

「あんた、変わってるな。い人なのか悪人なのか、どっちかにしろよ。……それはそれで、欲情するけれど。」

 エンジュは笑みを浮かべると、手頸を摑むエンオウの指を軽く舐めた。ぬるっとした舌の感触は妙になまなましく、エンオウのひかえめ、、、、な調子が、めずらしくはっきり変わった。

「おまえこそ、男娼なら遠慮しないで、こっち、、、を使えよ。」

 エンジュの口を吸いながら、持ちものを翻弄する。人畜無害に見えるエンオウでも、相手と状況により態度が変化した。驚いたエンジュは、彼の意に反してエンオウの舌を受けいれてしまった。熱い呼吸を呑みこんで、茫然とする。
 
 焰惶エンオウの家系には、異国の血が混ざっていた。夜鷹坂イチの巨漢きょかんだが、ぼそぼそと小声でしかしゃべらない性格につき、秩序と対面は保たれている。たった今、エンジュに垣間見せた性分は、アカラギの笑顔以上に稀少である。容姿がものを云う職場ほど、人間関係は胡散臭い。

「便所は廊下の左だ。」

 云われて駆けこむエンジュは、やはり受け身体質なのだろう。エンオウは足許の軍隊蟻に気をつけて歩き、調理場へもどった。かわやの個室で刀身をしごく始末になったエンジュは、「なんだよ、あいつ。とんでもない詐欺師だな!」と毒を吐き、エンオウに口づけられても不快に感じなかった自身に、二度おどろいた。

 夜鷹坂に試用期間として仲間入りしたエンジュは、ハルチカと同室になり、最初の三日間は枕席を免除されていた。気ままに建物内をふらつき、ハルチカのいる部屋へもどる途中、階下からあがってくる足音にふり向くと、アカラギと目が合った。

 エンジュの帯は、端がほどけている。アカラギの手がのびてきて、着流しの衿をあわせると、帯を結び直した。

「逆らわない理由を聞こうか、」

 アカラギは涼しい顔をして、内心をさぐる。「これは下種げす野郎の仕業だよ。」と悪態づくエンジュは、わざとらしく溜め息を吐いた。


✓つづく
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