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〘134〙以心伝心
しおりを挟むとっくに、認めてるさ。おまえは、俺に近づこうとして、頭がおかしくなっている。そんな云い方しなくたって……!(恋に狂ったハルチカは、アカラギとの痴話喧嘩を妄想中。)
「あぁァんッ、哥さん……! 哥さぁん……!」
百閉にて疲労困憊ぎみのハルチカは、身体反応の暴走を止めようがなく、アカラギの手によって鎮められた。
「ハァハァッ、ハァハァ……ッ、」
アカラギは「ゆっくり休め」といって、ハルチカの顔色を確認して布団に寝かせると、素早く着がえをすませ、廊下にでた。暗がりに佇む巨漢の男は、従業員のひとり、エンオウである。細い目でアカラギを見据え、軽く頭をさげた。
「進捗は?」と、アカラギが問いかける。エンオウは「はい」と返事をして、隣室のヒョウエはすでに退室したと報告した。キリコとモモコは、まだ壺の間で客を相手にしている。アカラギの耳にも、男娼の息づかいが聞こえた。ハルチカと枕席に侍るあいだ、アカラギが見張り役に選んだ男は、人畜無害をよそおうエンオウだった。彼の年齢は明かされていなかったが、容姿的には、アカラギと等しい年代の人物である。寡黙で物怖じしない性格は、三階の空気にあてられて気狂いする心配はなく、他の従業員よりも信用できた。
「あとは俺が引き受ける。」
つい先程まで、個人的な理由でハルチカを抱いていたとしても、本分を尽くそうとするアカラギに、エンオウは微かに眉をひそめた。ハルチカの身を案じて、障子戸へ視線を向けると、静かな寝息が聞き取れた。最高の自己充足を得たハルチカは、すっかり夢のなかに旅立っている。エンオウはホッと短い溜め息を吐くと、もういちどアカラギに頭をさげ、ゆっくりとした動作で(廊下を軋ませないように)階段をおりていった。
すべての客人を無事に返したあと、帳場を横切るアカラギに、ヒシクラが「ご苦労さん」と声をかけた。
「ハルチカの具合はどうだ?」
「今は眠っています。」
「そうか。おまえさんに抱かれて、安心したんだな。その調子で次回も頼んだぜ。」
ヒシクラは云うだけで満足したようすで、帳場を片付けて戸締まりをした。アカラギの後始末が必要になる男娼はハルチカくらいにつき、キリコやヒョウエは、ひと足先に風呂場で汗を流した。やや遅れてモモコも躰をきれいにして床に就く。ハルチカのもとへいく前に報告義務を果たすアカラギに、タカムラは冷笑した。
「律義で結構。……明後日だが、予定どおり小料理屋で面談する。おまえにも立ち合ってもらうぞ。」
「承知しました。」
二号店で雇用する男娼は、タカムラによる書類選考だけでなく、アカラギも含めて面談し、枕席での実演も採用の判断基準とした。実際に男娼と性交して品定めをするタカムラは、恋愛ほど余計な感情はないと考える男である。ヒョウエに懐かれていたが、己のなかに父性こそ感じても、愛情を求められているとは、微塵も考えなかった。
風ばかり吹く夜だった。ハルチカを抱いたアカラギは、躰に宿る熱を感じて勝手口へ向かった。庭木の葉むらがざわつく。アカラギが暗い空を仰ぐと、安眠中のハルチカは「ミハルさぁん……」と、彼の名前を呼んだ。姿は見えないが、高いコンクリート塀の向こう側から、猫の鳴き声が聞こえた。外の猫は、ご飯を探しているのだろうか。あるいは、やさしく頭を撫でてくれる主人を求めているのかもしれない。人肌が恋しくなる寒天だった。ハルチカに呼ばれた気がするアカラギは、白い息を吐き、壺の間へもどった。
✓つづく
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