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〘124〙時間経過
しおりを挟むふたりの上級男娼が、まさかの前衛撤退となった夜鷹坂に、空気を読まない利用客がやってきた。
キリコの割札を持つ鐵は、帳場のヒシクラに指名料を差しだすが、丁重に却下された。
「なんだよ、どっか具合でも悪いのか? だったらしかたねぇな、つまらねぇハルチカでも抱いてやるか。」
「誠に申しわけございませんが、今夜は、上級男娼の指名は不可となっております。」
「ああん? どうなってんだ? 珍しいことがあるもんだ。……ヒョウエは、いけるのか?」
「はい。御坐います。」
「なら、ヒョウエを寄越してくれ。」
そんなやりとりをして枕席に侍るテツは、ヒョウエを可愛がって満足した。体罰に処されたあと、外的な健康を損なわれていないモモコは、控えの間に待機していたが、アカラギの配慮もあり、壺の間へ呼ばれることはなかった。
モモコは、男娼を伴って歩くアカラギの足音が遠ざかっていくたび、御簾越しに切ない表情を浮かべた。失恋という傷痕が刻まれた薄っぺらい胸が、チクチク痛んだ。はっきりと拒絶されたわけではないが、モモコの前提は気持ちを受けとめてもらうことであり、まして発展など望んでいないため、ここまで気落ちする理由はない。だが、心の機微は制しがたく、冷静さを取り戻すには、もう少し時間が必要だった。さいわい、夜鷹坂には四人の中級男娼がいるため、アカラギは上級男娼が不在となった今、なるべくモモコを避け、残りの中級男娼を慎重に使いわけた(テツに指名されたヒョウエも除外)。
お仕置き部屋の騒動から三日後、キリコは枕席に復帰した。肛門部を(じぶんの爪で)切ってしまったハルチカは、さらに遅れて一週間後に復活した。
「気になるなら、はいれば?」
休業日の朝、キリコの部屋をたずねたハルチカは、廊下を行ったり来たりした。互いに深入りしないにかぎる間柄だが、いくら考えてもキリコの言動が理解できないハルチカは、お仕置き部屋の件について、本人と話がしたいと思った。とはいえ、なかなか決心がつかず、時間だけが経過するうち、ヒョウエに見つかって溜め息を吐かれた。
「ハルって、謎だよな。」
「なぞ? なにさ、急に……、」
「そこが魅力なんだろうけど、あのラギさえ警戒するくらい、底ナシだもんな。」
「哥さんが、なに? なんの話?」
「バカハル!」
「あいたッ!」
ぎゅむっと、ヒョウエに足を踏まれたハルチカは、「ちょっと、なんなのさ!?」と抗議したが、ガバッと正面から抱きつかれ、一瞬、息が止まった。モモコの件といい、ヒョウエなりに心配した結果、体当たりで反省をうながされたハルチカは、「ご、ごめん。」と、ひとこと詫びた。
「わかれば、よし。」
ヒョウエは笑顔を見せ、ハルチカを安心させると、クルッと躰を反転した。
「おーい、キリコー、いるか~?」
安堵したのも束の間、ヒョウエの呼び声に応じて顔をだしたキリコからにらまれたハルチカは、ゾッと寒気がした。しかも、「じゃ、あとはふたりでごゆっくり!」などといって立ち去るヒョウエに、まったく悪意はない。ハルチカとキリコのあいだには、喧嘩したわけでもないのに、仲直りしたほうがいいという、妙な空気が漂った。口ごもるハルチカをよそに、キリコは切実な話題を切りだした。
「ラギさんと、接吻したことある?」
「キス? あ、あるけど……、でも、それは性教育で……、」
「わたしは、ないわ。」
云うだけいって、障子戸をしめられたハルチカは、キリコの発言に思考をめぐらせた。じぶんも、似たような経験がある。枕席でのカリヤは、男娼に口づけない。ハルチカは、それがもどかしく感じた。
✓つづく
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