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〘117〙純真無垢
しおりを挟む哥の用事に付き合う前夜、胸のドキドキがおさまらないハルチカは、一睡もできずに朝を迎えた。
布団から飛び起きて身仕度をすませると、おしろいで肌理を整えた。赤珊瑚のかんざしを結髪に挿して「よし!」と、声にだす。帳場で待ち合わせをしているため、階段をおりていくと、哥は、先に立っていた。遠目でも精悍さが見てとれる横顔にうっとりするハルチカは、階段の段差を踏みはずした。手摺りに摑まって惨事は逃れたが、転がり落ちれば、危うく大怪我をするところだった。さらに心拍がバクバクと速くなり、三階から移動しただけで息切れをするハルチカを見たアカラギは、「運動不足みたいだな。」と、わざとらしく溜め息を吐いた。ちがうけどちがわないハルチカは、「そうかも、」といって笑った。
行き先を告げずに歩きだすアカラギは、男娼を伴っての外出許可を申請済みにつき(いつも手筈は完璧な哥である)、ハルチカが確認するまでもない。少し先を歩くアカラギを見つめ、遠すぎず近すぎない距離が、ただ、もどかしく感じた。できることなら、手をつないで歩きたいと思った。
従業員と男娼の恋愛沙汰は原則禁止の夜鷹坂で、アカラギをめぐる感情は複雑に交叉している。中級男娼のモモコは、アカラギを好きだという。その気持ちをうちあけたいと吐露しているため、いつか、そのときはくるだろうと、内心気にかけた。多忙なアカラギがどんな反応を示すのか、はっきりとは想像できない。以前、ハルチカの告白をあっさり聞き流している経緯もあり、せめてモモコの心に傷が残らなければいいなと願った(うっかり、両思いの可能性は考えない……)。
身勝手な予想をしながら歩くハルチカは、足がもつれてよろめくが、背後の気配を察したアカラギが腕を差しのべた。腰に手を添えて引き寄せられたハルチカは、アカラギの胸もとに頬が張りつき、身動きできず硬直した。
「寝ぼけてるのか?」
眠れないまま朝を迎えたハルチカは、原因のアカラギに抱き寄せられ、夢心地となってしまうが、花町の往来で密着する姿は、悪意ある流言を拡める目撃者の餌食となりやすいため、アカラギのほうから離れた。再度の性教育が終わり、好きな男と肉体関係をもてずにいるハルチカは、少しくらい髪へ触れるだけでもと、腕をのばしたくなった。
ハルチカは、いつも調子のいい期待をして落ちこむが、責任ある立場におちつくアカラギは、くじけているひまなどない。体力でしのげるうちに動きまわり、できるかぎりの勤めを果たす。躰が選り好みをするまえに、男娼の世話を焼く。タカムラの意向により、新しい娼館が完成次第、夜鷹坂を去ることになっており、じぶんのことを哥と呼ぶハルチカの思いに抗ういっぽう、適度な信頼関係を維持した。なにしろ、ハルチカの不幸を望んでいるわけではない。
「きょうはいい天気だね、哥さん。」
「……そうだな。」
空は、青く晴れ渡っている。アカラギの入用で荷物持ちとして連れだされたハルチカだが、帰りがけ、露店で買った饅頭を口いっぱいにほおばり、有意義な時間を過ごした(昨夜のわだかまりも、消化されている)。上級男娼としての才徳は、経験の積み重ねで習得していくしかない。ハルチカの適応力や根気強さを認めるアカラギは、今ひとつ真実にたどりつけない思考回路に、いつも難儀した。非がないのに謝る性格も、己の甘さが裏目に出ているにすぎない。壺の間へ案内するさい、背中に感じる熱視線も当初から変わらずまっすぐで、ひたむきな感情は、アカラギに伝わっていた。
✓つづく
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