107 / 200
〘107〙不平不満
しおりを挟む年が明けてまもなく、タカムラやテツといった曲者との性行為を強いられたハルチカは、さすがに抗議したくなった。中級男娼を呼びにやってきたアカラギの影に目を留め、「哥さん。話があるんだけど……、」と声をかけた。アカラギは、壺の間に男娼を案内する必要があるため、「少し待っていろ。」といって、御簾越しにうなずいた。
夜鷹坂は、男娼が客人をもてなす娼館である。三年前に身をおくことになったハルチカは、これまで、幾人もの客と肌を合わせてきたが、本気で逃げだしたいとは、いちども思わなかった。ただ、花町を去るときは、じぶんひとりではなく、好きな男といっしょがいいと思った。
控えの間は床面積がひろい一室を、天井から吊りさげた御簾で仕切っているだけの空間である。いくら声を低めても、会話内容は近くで待機する男娼に聞こえてしまうため、廊下をもどってきたアカラギは、ハルチカを階段の踊り場へ連れだした。吹抜の構造につき、一階のざわめきや、三階で枕席に侍る物音も、ぬかりなく耳まで届く。仕事中のアカラギは、手摺りに寄りかかるハルチカを見据えた。
「不服そうな顔だな。」
「そう見えて当然だよ。おれ、哥さんに腹を立てているんだもの。」
「俺に? どんな理由で?」
「そんなの、きまってるでしょ。哥さんは、どこまで知っていたの? ヒシクラさんは、おれを指名したって云ってたけど、壺の間にいたのは、ダンナさまだった。……どうしてあんなことになったのか、きちんと説明してほしい。」
一月五日の夜、ハルチカはヒシクラに抱かれるつもりでいたが、結果は異なった。終わったことを思いだすのは気が重く、ハルチカは足許へ視線を落とした。アカラギは真摯なまなざしを向け、「それならば、」と腕組みをして答えた。
「訊く相手をまちがえている。俺から云えることはなにもない。」
思わず顔をあげたハルチカは、どうしようもないくらい好きな男と見つめ合って、泣きそうな声で問いただした。
「いつもいつも、そうやって、はぐらかさないでよ。それとも、いい気味だと思ってる? おれが、こんなに必死なのは、全部、あなたのそばにいたいからで……、」
「そういう心がけは、やめろ。居心地が悪くなったのなら、余処にでも行けよ。」
「ひ、ひどい。そんな話、おれはしてないのに……、」
突き放すような云い草をされたハルチカは、心が乱れてしまって、ガクンッと膝が崩れた。床に手をつきそうになるが、アカラギの腕が上膊をとらえ、無理やり両足で立たされた。
「……哥さん、……おれ、」
「今夜は、おまえに客はまわさない。部屋にもどれ。」
「な、なんで? 怒ったの?」
「いやいやながらにしては上出来だったが、鐵伊織之介はキリコの割札を持っている。おまえを指名した目的は、もうひとりの上級男娼を味見するためじゃない。愛人として相応しいかどうか、見極めるためだ。」
「愛人って? おれ、あんな色ボケおやじに囲われちゃうの?」
「どんな解釈してんだよ。性交中にあれだけ不満を口にしておきながら、よくもそんな勘違いができるな。」
タカムラの件はともかく、テツはハルチカの肉体に興奮こそしたが、今後も、高額な指名料を払ってまで抱きたいとは思わなかったようだ。長話に付き合うほど暇ではないアカラギは、先に立ち去った。ハルチカは、相談したことを後悔していない。哥が、どんなふうにじぶんを見ているのか、遠ざかっていく背中に、何度も問いかけた。
✓つづく
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。



男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる