曙花町男娼夜鷹坂

み馬

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〘107〙不平不満

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 年が明けてまもなく、タカムラやテツといった曲者くせものとの性行為をいられたハルチカは、さすがに抗議したくなった。中級男娼を呼びにやってきたアカラギの影に目を留め、「哥さん。話があるんだけど……、」と声をかけた。アカラギは、壺の間に男娼を案内する必要があるため、「少し待っていろ。」といって、御簾みす越しにうなずいた。

 夜鷹坂は、男娼が客人をもてなす娼館である。三年前に身をおくことになったハルチカは、これまで、幾人もの客と肌を合わせてきたが、本気で逃げだしたいとは、いちども思わなかった。ただ、花町を去るときは、じぶんひとりではなく、好きな男といっしょがいいと思った。

 控えの間は床面積がひろい一室を、天井から吊りさげた御簾で仕切っているだけの空間である。いくら声を低めても、会話内容は近くで待機する男娼に聞こえてしまうため、廊下をもどってきたアカラギは、ハルチカを階段の踊り場へ連れだした。吹抜ふきぬけの構造につき、一階のざわめきや、三階で枕席ちんせきはべる物音も、ぬかり、、、なく耳まで届く。仕事中のアカラギは、手摺てすりに寄りかかるハルチカを見据えた。

「不服そうな顔だな。」

「そう見えて当然だよ。おれ、哥さんに腹を立てているんだもの。」

「俺に? どんな理由で?」

「そんなの、きまってるでしょ。哥さんは、どこまで知っていたの? ヒシクラさんは、おれを指名したって云ってたけど、壺の間にいたのは、ダンナさまだった。……どうしてあんなことになったのか、きちんと説明してほしい。」

 一月五日の夜、ハルチカはヒシクラに抱かれるつもりでいたが、結果は異なった。終わったことを思いだすのは気が重く、ハルチカは足許あしもとへ視線を落とした。アカラギは真摯しんしなまなざしを向け、「それならば、」と腕組みをして答えた。

く相手をまちがえている。俺から云えることはなにもない。」

 思わず顔をあげたハルチカは、どうしようもないくらい好きな男と見つめ合って、泣きそうな声で問いただした。

「いつもいつも、そうやって、はぐらかさないでよ。それとも、いい気味だと思ってる? おれが、こんなに必死なのは、全部、あなたのそばにいたいからで……、」

「そういう心がけは、やめろ。居心地が悪くなったのなら、余処よそにでも行けよ。」

「ひ、ひどい。そんな話、おれはしてないのに……、」

 突き放すような云い草をされたハルチカは、心が乱れてしまって、ガクンッと膝が崩れた。床に手をつきそうになるが、アカラギの腕が上膊をとらえ、無理やり両足で立たされた。

「……哥さん、……おれ、」

「今夜は、おまえに客はまわさない。部屋にもどれ。」

「な、なんで? 怒ったの?」

「いやいやながらにしては上出来だったが、テツ伊織之介いおりのすけはキリコの割札わりふだを持っている。おまえを指名した目的は、もうひとりの上級男娼を味見するためじゃない。愛人として相応しいかどうか、見極めるためだ。」

「愛人って? おれ、あんな色ボケおやじにかこわれちゃうの?」

「どんな解釈してんだよ。性交中にあれだけ不満を口にしておきながら、よくもそんな勘違いができるな。」

 タカムラの件はともかく、テツはハルチカの肉体に興奮こそしたが、今後も、高額な指名料を払ってまで抱きたいとは思わなかったようだ。長話に付き合うほど暇ではないアカラギは、先に立ち去った。ハルチカは、相談したことを後悔していない。あにが、どんなふうにじぶんを見ているのか、遠ざかっていく背中に、何度も問いかけた。


✓つづく
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