曙花町男娼夜鷹坂

み馬

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〘97〙蛞蝓に塩

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 若気わかげの至りというよりは、血気にはやって行動に走りやすいヒョウエは、モモコが秘密にしている痛みを放置できなかった。誰にも云わないでほしいと釘を打たれた以上、アカラギに相談せず、報復作戦を決行する。

 女性の高給取りはかぎられている時代、妻に働かせて花町で遊んで暮らす男がいた。モモコのような気弱な男娼は、うってつけの標的であり、快楽の処理として利用するだけでなく、理不尽な暴力もふるわれていた。挿入中に首を絞めてきたり、心臓をえぐるように爪を立てたり、精液を飲ませようとする。モモコは、為すがままに応じてきたが、精神的に追いつめられていた。むろん、アカラギも異変に気づいており、直接本人の口から報告を求めたが、モモコは本当のことを話さなかった。自己犠牲的な思考は、やがて身を滅ぼす危険があった。

 その男は、今夜も客間で食事をしていた。四十代くらいの容姿で、見栄えは悪くない。鈍い光沢のある紬風の着物に蒸栗色の羽織りを身につけていた。腹の調子が思わしくないといって、お茶漬けをすすっている。ヒョウエは、廊下で客間のようすをうかがう。男が白湯さゆを注文すると、調理場へ向かい、「おれが運ぶ」と名乗りでた。サイキチは首をかしげたが、湯呑みの膳をヒョウエに手渡した。

 客間の男は、澄ました顔で登場する中級男娼に、なんの警戒もせず、差しだされた湯呑みを受けとろうとしたが、ヒョウエは、わざと手をすべらせた。白湯は熱くないが、落下した茶碗が股間に命中して顔をしかめた。悶絶するほどではないが、不愉快である。「きみ!」と声を荒げると、ヒョウエは「ふん!」と鼻息を吹きかけ、男の胸坐むなぐらを摑んだ。客間は一階につき、最初に騒ぎを聞きつけたのは、帳場のヒシクラだった。

「ヒョウエ? 客間そこでなにをしている。」

「見てのとおり、仕返しだよ。こいつは、モモを傷つけた。何度も何度もな。」

「いったん、その手を離すんだ。」

 ヒシクラは客のあいだに割ってはいり、ヒョウエの手頸を摑んで制止させた。着物を白湯で汚された客は、ヒョウエを指さして「弁償しろ!」と叫び、「そいつを首にしろ!」という。詳しい事情を知らないヒシクラは、ひとまずヒョウエを廊下に連れだすと、芸者のしらせを受けたアカラギが三階からおりてきた。

「ラギ、まずいことになった。かなり怒ってるぞ。」 

「対応します。」

 アカラギは、さらっと云う。問題の原因は利用客のモモコに対する陰湿な行為だが、今夜はヒョウエが先に手をだしているため、返金処理の説明をする必要があった。汚された着物の代金も、すべて精算する。アカラギは冷静に対処したが、納得できないヒョウエは、ヒシクラの胸板をドンッと押し返した。

「なんでとめるんだよ、おっさん。あの男は、出入禁止にしろよな! モモが、どれだけ苦しんだか、わかってるのか!?」

「大声をだすな。……ったく、おまえもりねぇな。そんなに廃人になりたいか?」

 後日、タカムラに呼びださたヒョウエは、お仕置き部屋で絶句する。爪を立てた陰部に塩をぬられて腫れあがり、あまりの激痛に失禁した。タカムラは、男娼の躰に傷痕を残さないよう手かげんをしていたが、急所を切り刻み、しばらく再起不能とした。手当てにあらわれたアカラギは「痛快だな」といって、さすがに溜め息を吐いた。

「……へへ、ラギ、ごめん。……またやっちゃった。……あと、珍子ちんこの傷、めちゃくちゃ痛いから、消毒するとき、やさしくして。……たのんだ、」

 体罰に処されたが、キリコの代わりに最低な客を撃退したヒョウエの気分は、アカラギの云うとおり痛快だった。


✓つづく
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