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〘78〙実らぬ恋
しおりを挟む横恋慕とは、胸のうちに思いを秘めておく場合もあれば、具体的な行動を起こして、定まった相手がいる人物を横合いから愛慕する(恋を仕掛ける)場合がある。
夜鷹坂の帳場を仕切るヒシクラは、楼主のタカムラにハルチカへの特別な思いを指摘されたが、買いあげるという最終手段は、なるべく避けたかった。ハルチカの社会的立場は弱者の身分につき、本人の意志を尊重する必要はない。ヒシクラ以外の人間でも、対価の準備と、タカムラの承諾さえ得ることができれば、気に入った男娼を愛人に囲えてしまう。それこそ、性奴隷のように扱われても、主人から逃げだすことは不可能に近い。
「やれやれ、だな。」
あと先を考えずに生きることは難しい。夕刻になり、朽葉色の作務衣を着たヒシクラは、帳場へ向かった。ジャラジャラと十数本の鍵を持ち歩くヒシクラの足音は、一階の髪結場で身なりを整える芸者たちに、開店準備をすすめる合図にもなっている。
「ハルチカ、」
誰もいないはずの帳場に、ハルチカが佇んでいた。一瞬、歩幅をあやまるヒシクラは、方卓に手をつき、よろめきを回避する。見れば、おしろいを塗った顔色や、淡い黒髪、花柄の振袖を身につけ、上級男娼としての艶姿に、ふだんとは異なる気品を感じた(色気ではなく……)。
「ヒシクラさん、」
「お、おう。どうした。仕事の前に、なにか用か。」
「うん。手鏡を割ってしまったから、新しいものを調達してほしいんだ。」
「そうか、わかった。」
帳場の定位置に坐り、鍵付きの抽斗から経費の帳簿を取りだすと、硯に墨汁を零した。ハルチカは、じっ、と、ヒシクラの手の動きを見つめた。筆を発す指先や、手頸のかたち、帳簿の紙を軽くおさえる腕などに目を凝らした。
「そんなに熱い視線を注がれると、応えてやらにゃ、ならんな。」
「……え? うわ!?」
あぐらをかくヒシクラの太腿のうえに引き倒されたハルチカは、ごそごそと股のあいだをさぐられ、「ひァッ」と身をすくめた。じかに陰茎を愛撫され、「わ、わわッ」と、たじろぐ。
「や、やめて、ヒシクラさんッ。おれ、ほんと……だめだから……!」
「ああ、少しだけだ。」
「……んッ、……ぁんッ、」
身体反応を必死にがまんするハルチカは、墨の匂いが薫る方卓の文具が気になった。書き物をするさい、ヒシクラは墨と筆をつかう。紙や書類が飛ばないように、文鎮という重しがそろっている。棒状の金属製が一般的だが、石やガラス製もあり、形の種類は多岐にわたる。
「あッ、だめ……、そこは……!」
陰部の尖端を指で擦られたハルチカは、ビクッと肩をふるわせ、ヒシクラの腕をふりはらった。
「ハァ……ハァ……ッ、」
「なんだ? これしきで、えらく興奮するな。前は、もっとこう……、」
パチッと軽い音が鳴るだけの平手を打たれたヒシクラは、頬に留め置かれたハルチカの手に、じぶんの手を添えて見つめ合った。
「おまえ、どうした? 調子が悪いのか?」
「どうもしないし、悪くないけど。」
「どこも弱ってないな。」
「……うん。弱ってない。これでも、少しは強くなったから。……手、離して、」
ヒシクラはハルチカの両脇に指をはさみ込んで立たせると、振袖の皺を手のひらでのばした。
「次は思いきり叩くからね。今回のぶん、お金、払って。」
冗談のつもりでお触り料を請求するハルチカは、ヒシクラに額を小突かれた。いつまでも子ども扱いされるハルチカは、ふと、ヒシクラに色仕掛けは通用するのかどうか、試してみたくなった。
✓つづく
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