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〘69〙駆け引き
しおりを挟むかつて、歴史的な交通革命を引き起こした乗り物がある。鉄製のレールの上を走る客車を、輸送力の大きい馬に引かせる鐵道馬車である。運行区間はさまざまで、一便あたり10名まで乗車でき、開通後は各地でみられた。馬の力で車両を引くとはいえ、乗り心地はよく、人力車に比べて運賃が安いため、多くの人々は初めての公共交通機関として利用できた。民営の場合、乗り方も単純で、馬車道に立って手を挙げれば、御者が喇叭を吹いて停車した。
「すごい。人がたくさんいる……、」
「ハルチカ、こっちだ。」
「は、はい、哥さん!」
日曜の朝、ハルチカはアカラギと共に夜鷹坂を出発し、都邑の中心部へやってきた。鐵道馬車を乗り継ぎ、緑濃い丘陵が見える土地の手前で下車すると、腹の虫が空腹を主張した。
「先に、なにか食べるか、」
「ご、ごめんなさい……、」
「腹が減って、なんで謝るんだ?」
「だ、だって……(なんとなく?)、」
「ひとまず、食事にしよう。」
くすッと笑うアカラギの表情は、かなり希少である。夜鷹坂では滅多に見せない笑顔につき、ハルチカは空腹であることを忘れ、胸がドキドキと高鳴った。近くの舗で軽く食べながら、これからの作戦を確認する。昨夜、壺の間でアカラギと性交したばかりだが、その後、トキツカサの件を蒸し返されたハルチカは、反射的に青ざめた。
……おれ、またダンナに叱られるんだ? こんどはなんなの。──そうやって、自虐的になるなよ。此度の件は、名誉挽回の機会だと思えばいい。本来、男娼に野外営業はさせない規則だが、トキツカサ氏の屋敷に、おまえとヒョウエが名指しで招待された。……ど、どういうこと? いったい、なにが起きたの? ──あわてるな。説明してやる。おそらく、俺が出向いたところで歓迎はされないだろうが、いつまでも、夜鷹坂の過失を引きずられては営業に支障がでる。そこで、トキツカサ氏と交渉することにした。……交渉って、なんの? ──まず、ヒョウエは渡さない。あいつは、駆け引きの材料には向かない。ハルチカ、おまえだけを差しだす。お好きにどうぞってな。……そ、そんなの、ひどい。おれは玩具じゃないぞ! ──否、現状では似たような立場だ。それに、向こうの条件をある程度でも満たしておけば、成功率が格段にあがる。おまえを屋敷に送り届けた以上、性行為に発展するだろうが、暴力的に扱われないうちは、がまんしろ。そのあと、俺が抱いてやる。
会話の流れとはいえ、お清めセックスを口約されたハルチカは、「え?」と、まぬけな顔をして呆けた。さすがに旅行気分ではないが、外出先で哥と濃密な時間が過ごせる展開は幸運でしかない。それが青姦になろうとも……。トキツカサ氏との仕切り直しは気がすすまないが、アカラギの計画に協力したいハルチカは小さくうなずいた。
色仕掛けのひとつも
できないのか。
ふと、楼主のことばが頭をよぎった。壺の間では上級男娼らしくふるまうハルチカだが、あくまで、雰囲気を演出しているにすぎない。タカムラやアカラギほどの男に色仕掛けが通用するとは考えにくいが、男娼という立場ではなく、ハルチカ自身の魅力を有効的に使い分けるくらいの器用さは必要なのかもしれない。
節度はいかなる時も必要だが
少しくらい強引でもいい。
精神的な大胆さは
損失を受けない。
強欲さは、必要な場面で使え。
狩谷鷹羽という作家が書いた掌篇『生きる指』の一節を思いだしたハルチカは、ただならぬ意志につかうごかされ、トキツカサ氏と対面した。
……哥さん、おれ、やるよ。でも、きょうのことは、夜鷹坂のためじゃない。……おれは、あなたの力になりたいから、おれにできることがあるなら、なんでもやるから、……だからどうか……、どうか、これからも、あなたのそばにいさせてほしい……、おれが本当に好きなのは、哥さんだけなんだ……、
重いものに押さえつけられ、ハルチカの自由はきかない。まぶたを閉じていれば、余計なものを見なくてすむ。布団のうえでトキツカサの欲望を受けいれるハルチカは、肉体が底なし沼へ沈んでいくような感覚に陥るが、畏れはなかった。哥は、襖の向こう側で、じっと耳をすませている。トキツカサ氏は、ヒョウエのぶんまでハルチカをあえがせ、自己満足を堪能した。
✓つづく
※改稿について。こっそり誤字脱字を手直し中です。基本的に読み返さなくても物語に影響ありませんが、少しセリフが変わっている場合もあります。何卒ご容赦願います。
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