曙花町男娼夜鷹坂

み馬

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〘55〙官能小説

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 性的嗜好には多彩な分野がある。卑猥さを演出する官能小説は、読者の前提知識を想定しつつ、性欲を刺激することを目的に据え、狭義には専門の出版社が販売していた。主に成人男性向けとして書かれ、性交描写が主題である。


 感覚こそ知識。もろもろの成り立ちを知りたければ、そっと触れて考え抜け。とろけた果実のような肉体は、骨まで味わいつくせばいい。〈狩谷鷹羽/『あやしい指』〉

 強烈に、この身をもって追い求めるものは、よくもあしくも生まれつきたるままの心、と、その肉体からだ。〈狩谷鷹羽/『ささげる指』〉

 思考を停止するまえに常識をうたがえ。覚悟もなしに、前方へ進むことは許されない。なすべきは、実行中の事柄ついて、最大の関心をしめすことだ。〈狩谷鷹羽『あがく指』〉


「……この人の掌篇しょうへんって、なんだかふしぎな感じがする、」

 枕席に呼ばれない日がつづくハルチカは、夕刻から書院へ足を運ぶと、床に坐りこんでポルノ作品に目を通していた。トキツカサの一件が悔やまれるため、じぶん磨きを意識するようになったものの、なにをすべきか迷ったすえ、知識を求めて読書にふける。ヒシクラに書院の扉を解錠してもらうさい、首筋をひと撫でされ、思わず身構えた。

「変なことしたら、相応の金額を請求するからね。」
「具体的には?」
「云わなくても、承知しているくせに……、」
「どこまでが、おまえさん的にゆるせる範囲なのか、知っておく必要があるだろう。」
「そうやって、男娼みんなに手をだしてるわけ?」
「気になるか?」
「べ、べつに……。それより、もう帳場にもどっていいよ。鍵なら、あとで返しにいくから、」

 詰め寄られそうになって逃れるハルチカだが、ヒシクラからは悪意が感じられないため、いつも調子を狂わされた。キスがうまいという新たな情報に、ますます頭が混乱する。タカムラと旧知の仲であるヒシクラは、実際の躰つきよりも繊細な男で、紺色の作務衣さむえを着こなす年長者である。男娼との距離を心得ているようで、意外にも容易く肌に触れてくる。ハルチカが警戒する手癖さえ、花町では交流の手段として通用しているように思えた(あっさりイカされるハルチカ的には大迷惑)。

 笑いながら去っていくヒシクラを、なんとも云えない表情で見送ったハルチカは、そろそろ客間が盛況となる時刻だが、どうせ枕席には呼ばれないだろうと思い、暇つぶしに読書を始めた。書棚には、ポルノスタァという出版社から発売された雑誌や小説が、ずらりと並んでいる。狩谷かりや鷹羽たかはという作家の掌篇を、なんとなく読み進めるうち、ぼんやり目を覚ました。書棚に寄りかかったままの姿勢で、読みかけの掌篇が膝のうえに乗っていた。眠ってしまったと気づいたハルチカは、あわてて書院の扉に鍵を掛け、二階の客間を片付ける下働きのサイキチとすれ違いつつ、三階の控えの間へ顔をだした。

 ハルチカ以外の男娼は壺の間で性行為の最中につき、卑猥な声音が幾重にもまじり合う。廊下に棒立ちしていると、控えの間から歩いてくるアカラギが、こちらのようすに気づいて眉を寄せた。

「に、哥さん、ごめんなさい。おれ、書院で本を読んでいたら寝てしまって……、」

 指名の有無にかかわらず、控えの間で待機していなかったハルチカは、左手に一冊の官能小説を持っている。返す書棚がわからなくなり、ヒシクラに返却を頼むつもりで持ちだした。題名は『菊坐と肉樹』という。ちなみに、菊坐とは男性の肛門である。手の小説ものは過激でエロティックな羞恥プレイ作品だが、まだ文章を読んでいないハルチカは、まぬけな顔をした。


✓つづく
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