曙花町男娼夜鷹坂

み馬

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〘54〙不可抗力

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 秋風に、広葉樹の枯葉かれはが舞い落ちる季節、トキツカサの一件以来、壺の間に案内されなくなったハルチカは、上級男娼としての品格をもてあましていた。呼ばれないとわかっていても、控えの間でアカラギの声がけを待つハルチカは、淡い黒髪に挿した赤珊瑚のかんざしを引き抜くと、じッと、見つめた。ヒョウエの休養も、すでに六日むいか経つ。そのかん、ハルチカはいちども枕席に呼ばれなかった。

「……今夜も客なしなんて、にいさんってば、なに考えてるのさ。……おしりが固まってしまうよ。」

 男娼は、三日と躰がくと、生物なまもの疑似ぎじ陰茎いんけい)をもちいて、肛門部を馴らしておく必要がある。筋間の柔軟性を保つことで、挿入時の刺激を緩和できるほか、すんなり最奥まで導かれると、攻めの満足度や快感も上昇した。すべての男娼には個別に生物が用意されており、いつでも自由に使用できた。ただし、乱用防止のため、名前入りの木函きばこをヒシクラが預かっている。

 夜明けごろ、着物のすそを擦りながら歩くハルチカは、帳場で片付けをするヒシクラに木函の鍵を差しだした。専用の合鍵をもつヒシクラは、鍵の番号を照らし合わせたのち、ハルチカ用の生物を取りだし、「ほらよ。」といって手渡した。男娼が疑似陰茎を用いる必要性を認めるヒシクラだが、ほんの少し笑みを浮かべ「手伝ってやろうか?」と茶化した。即座に非難されると思いきや、「やさしくしてくれるなら」と返され、一瞬、変な顔をした。

「……なに、その顔、」
「おまえさん正気か? やさしくもなにも、その手の生物ブツを、おれが律儀に使うとでも思うのか?」
「どうせなら、本物、、を使いたいってこと? ヒシクラさんって、いつも欲求不満なの?」
「どちらかと云えば禁欲主義だ。」
「嘘、」
「嘘だと思うなら抱かせろよ。おまえさん、しばらく客を相手にしていないだろう。おれの玉茎たまぐきでよけりゃ、大事なあなほぐしてやる。」

 ヒシクラは、わざと下品な云い方をしてハルチカを油断させると、いつもの展開に持ちこんだ。手頸を引き寄せて、台坐のあいだに押し倒す。下半身をさぐられるハルチカは、「そんなにおれと性交セックスしたいの?」といって、ヒシクラをおどろかせた。

「云ったな。肯定したらどうする?」

「……好きにすればいい。」

「それが、おまえさんの誘い文句か? 枕席では口にするなよ。客の理性が崩壊する。」

「おれ、男娼なんだけど……、」

 おもむろに口唇くちびるを塞がれたハルチカは、無精髭のチリッとした感触に、背筋がゾワゾワした。

「……んッ、ふぁッ、」

 ヒシクラはキスがうまい。ハルチカの呼吸を妨げないよう、絶妙な息づかいで熱い舌を絡めてくる。下腹部がもやもやするハルチカは、ヒシクラの指先が体内へ挿入されても拒まなかった。

「なんだ、思ったよりやわらかいな。ラギめ、とんだ名器に開発したもんだな。」

「そ、そこは……、だめぇ!」

 内部から性感帯を刺激されるハルチカは、ヒシクラの指づかいに興奮し、勃起と射精をうながされた。まったく拒絶反応を示さない身体が悩ましい。恥ずかしさのあまり、ヒシクラの頬をつねった。

「なにひゅるんだ(誤字ではない)、」

「うるさい。指、はやく抜いて、」

「もうしゅこし(誤字ではない)愉しませろよ、」

「こんなのは不可抗力だから! 次から金を取ってやる。わッ、指、動かすなァ!」

 帳場で弄ばれるハルチカは、吹抜の階段に佇むアカラギの存在に気づかず、もうしばらくヒシクラ(の指)にあえがされた。


✓つづく
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