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〘52〙闇夜の錦
しおりを挟む辰臣という書生ふうの好青年が夜鷹坂にやってきたのは、久方ぶりだった。帳場のヒシクラに「こんばんは。ご無沙汰してます」と挨拶すると、名簿に必要事項を記入し、三階にある壺の間を、ちらちらと見あげた。
「きみは、今夜が二回目だな。手持ちに余裕があるならば、前回同様、上級男娼を指名できるが、どうだい?」
「……そうですね。ぼくも、ハルさんにお逢いしたいところですが、今夜は、おまかせでお願いします。」
「そうかい。でも、まあ、せっかくのお越しですからね。都合がつけば枕席にまわすよう、口添えしときますよ。どうぞご贔屓に、」
「はい、ありがとうございます。」
タツオミは、礼儀正しく帽子を脱いでお辞儀をすると、芸者の案内にしたがって客間へ向かった。夜鷹坂で男娼との性交渉を希望する場合、まず先に、食事を注文する必要があった。利用客の多くは、壺の間に通されたあと、手すきの男娼(正確には、アカラギが適切だと判断した男娼)があてがわれる。以前、タツオミが花町を訪れたとき、偶然アカラギの目に留まり、手持ちのすべてを費やし、上級男娼に昇格していたハルチカを抱くことができた。
「……ああ、なんだろう、この感じ。ぼくは、なんて浅ましい下物だろうか。ハルさんと、同じ屋根の下にいるかと思うと、躰じゅうが熱くなる。血潮が滾ってしまう。……ああ、ハルさん、お元気ですか。ぼくは、ここにいます。今、夜鷹坂にいます。どうか、このぼくに、お顔だけでも見せてくださいませんか。」
容姿端麗とは、およそ無縁に等しいハルチカだが、娼館で働くまえの育ちを知らないタツオミは、すっかりのめり込んでいた。もとより、性交渉が目的で夜鷹坂にやってくる連中は、枕席での相性を重要視する傾向にあり、男娼の過去や身分、見た目の情報は、それほど気にかけなかった。実際、やわらかい肌触りに定評があるハルチカだが、特別な手入れをしているわけではない。健康的な肢体は、栄養のある食事と、適度な睡眠で維持することができ、かわらけという特徴(恥部が無毛)に至っては、生まれつきである。
「ハルさん、ハルさん……、」
食事をするあいだ、踊りを披露する芸者には目も呉れず、夢見心地となるタツオミは、行灯袴の結び目が窮屈になってしまった。生理現象とはいえ、ハッとして立ちあがると、あわてて厠へ向かった。用を足して客間にもどる途中、ひとりの男娼が、三階の壺の間を目ざして歩く姿を発見し、階段の中腹から見つめた。
二階の客間より照明が薄暗くされている廊下を、煌びやかな衣装を身につけた青年が、ひときわ誇らしげな表情をして枕席に侍る。夜鷹坂の古参、桐涸である。澄ました横顔さえ、宝石のように輝いて見えた。彼を指名できる客は多くない。だが、同等の存在価値を有するハルチカは、アカラギの案内にしたがって(身分に関係なく)壺の間で股をひらくため、タツオミでも性交は可能だった。
「ここは、なんてすばらしい空間なんだろう。あのような美しい男娼が、夜毎に咲き乱れるとは……。ああ、ハルさん、あなたに逢いたい。ぼくは、あなたを抱きたい。あなたと、深くつながりたい……、」
ハルチカとの枕席を切望するタツオミだが、この晩、アカラギが壺の間へ案内した青年は、他の中級男娼だった。ハルチカは控えの間に待機していたが、トキツカサの件で楼主による仕切り直しという刑に処されたばかりにつき、骨休めが必要と判断し、あえて見過ごした(手負いのヒョウエは休養中)。
✓つづく
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