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〘51〙絶対条件
しおりを挟むタカムラは、意図して、ハルチカに厳しく当たり、意気消沈させた。ヒョウエの体罰も、夜鷹坂に身をおく他の男娼や芸者への教訓とし、楼主としての威厳を識らしめた。
「おい、タカムラのダンナよ。ここまで手ひどくやる必要があったのか。」
「むろん。徹底的に痛めつけなければ意味がない。」
夜半ごろになって、お仕置き部屋へ足を運んだヒシクラは、扉を開けた先に楼主のうしろ姿を認めた。つづけざまに、その足許に転がる全裸のヒョウエを見、顔をしかめた。古くなった食材が醗酵しかけているような、ひどい臭いがする。壁に設置されている非常用の懐中電燈をつかって床を照らすと、失禁したヒョウエが、股のあいだから血液まじりの尿をたれながし、辺りに異臭が漂った。
「……血が出てるじゃないか。すぐに手当てを、」
「近づくな。罪人の後片付けは、アカラギの仕事だ。」
「だがよ、ラギのやつは、今、ハルチカの面倒をみているはずだ。」
タカムラによる仕切り直しが執り行われたことは、帳場から動けないヒシクラの耳にも届いている。同時刻、アカラギはハルチカを湯船に浸していた。正しい状況判断をしたにもかかわらず、楼主は首を縦にふらない。とはいえ、いつまでも無惨な姿で放置されるヒョウエを気の毒に思うヒシクラは、懐中電燈のライトを消すと、アカラギのもとへ向かった。階段を急ぎ足でおりてゆき、風呂場のガラス戸を開けると、誰もおらず、湯殿に人影が見えた。
「ハルチカか?」
着がえを取りに三階へもどったアカラギは不在につき、脱衣場に出てきたハルチカと鉢合わせたヒシクラは、「おいおい、ひとりでだいじょうぶなのか?」と訊ねた。湯気を手のひらでふりはらい、ペタペタと濡れた足でヒシクラに歩み寄るハルチカは、「なにが?」と首をかしげた。つい先程まで、タカムラとの性交に悶絶し、アカラギの腕のなかで弱音を吐いていたとは思えないほど、ハルチカの態度はおちついていた。ただし、両眼が充血しているため、泣いてしまった事実は隠せない。ヒシクラに顔をのぞき込まれ、フイッと横にそむけた。
「どうやら、おまえさんはだいじょうぶそうだな。ラギはどうした?」
「……たぶん、着がえを用意してるんじゃないかな。おれのは、ダンナに破かれたから、」
「なんだって? おまえの着物はどれも上等品だぞ。あいつめ、ずいぶん野蛮だな。」
くすッ、と、ハルチカが笑う。濡れた髪が項に張りつき、指で耳にかける仕草が妙に色っぽく見えてしまうヒシクラは、バスタオルを差しだすと、「なにが可笑しいんだ。」と質問する流れで、下心をはぐらかした。
「だって、野蛮なんてことばが、髭面のあんたの口からでるもんだから、つい……。あはは、ごめん……、」
ハルチカは、無理して笑顔を作っている。そう感じたヒシクラは、念のため元気づけておく。
「あのよ、おれの男根は、いちど暴走したら手強いぞ。ふたりきりのときは、自慢の尻穴に用心しろよ。」
「なに、その云い草。変態っぽい。」
「そのとおりだ。何度も云わせるな。おれは、かならずおまえを抱く。これは絶対条件だから忘れるな。」
「な、なんなの、さっきから、」
ヒシクラは真面目な話をしてハルチカを困惑させると、「お互い、厄介な相手に惚れちまったもんだな」と苦笑して、立ち去った。脱衣場に残されたハルチカは、アカラギがもどるまでのあいだ、釈然としない頭で考えた。
「……お互いって、誰のこと?」
堪えがたいほど切ない思いを胸に忍ばせている者は、ハルチカだけとはかぎらない。
✓つづく
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