曙花町男娼夜鷹坂

み馬

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〘47〙ひと月前

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 三日目の正午ひる、ぼんやりと起床した溫治ハルチカは、着がえをするあいだ、躰じゅうに痛みを感じた。とくに痛む部位は、背中と腰である。朱鷺士トキツカサを名乗る紳士との枕席ちんせきは、今夜で最終日となるが、いくぶん雑な扱いを受けているため、無意識に溜め息を吐いた。いくら大金を払っているからとはいえ、男娼を性欲処理の人形とまちがわれては困る。相手の立場に関係なく、社会人としての礼儀は必要だ。

「ハ~ル、起きてる?」

 洗顔のあと、鏡台の前に正坐して髪を束ねていると、雹ヱヒョウエが訪ねてきた。「お入りなさいな」と、気取って挨拶するハルチカに、ヒョウエはフフフと笑いながら障子戸から顔をだした。中級男娼のヒョウエは、箪笥に寄りかかって足をのばすと、首のうしろで両手を組み、ハルチカの横顔に話しかけた。

「今夜までだったよな。トキツカサのおっさんと寝るの、」

「……うん。」

髙邑タカムラのダンナと同じくらい高身長だから、あっち、、、のほうもデカブツなんだろ? おれ、巨根の中年って大好物なんだ。ラギに頼んで、まわしてもらえないかなァ。」

「……さすがに、今回は無理だと思うよ。どういうわけか、おれが指名予約されていたんだ。トキツカサ家なんて、おれはなにも知らないのに、変な話だよね。」

「トキツカサって、由緒ある旧家だっけ。流言うわさによると、すげぇ金持ちらしいじゃん。わざわざ夜鷹坂の男娼を味見するってことは、ハル次第で常連になるかもな。」

 ヒョウエは白い歯を見せて笑い、膝を立てて坐り直した。男娼は下着を身につけないため、ハルチカの眼にヒョウエの陰部がちらついた。大事な急所を見られても気にしないヒョウエは、もうしばらく雑談をつづけた。

「そう云えば、ひと月くらい前にシノさん、、、、と寝たけど、あの人もダンナと同じくらい背が高くて、珍子ちんこうまかった、、、、、な。見た目もちょっと好みだし。ハルも、シノさんと寝たことあるだろ。あの人、この前はキリコを指名してたけど、そろそろ本命をきめてほしいと思わねぇ?」

 シノさんとは、馴染み客のひとり(化野アダシノ)である。そもそも、赤羅城アカラギの采配によって枕席にはべることが多い夜鷹坂において、男娼を名指しで呼びだせる利用客は少ない。ハルチカの場合、桐涸キリコのように上級男娼の権限で割札わりふだを発行し、上客を贔屓にすることもできたが、特定の相手をもたないハルチカは、指名されないかぎり、連続して躰がく日もあった。

「アダシノさまの本命?」

「そう、本命。あの人、ぜったい金持ちだと思うぜ。ラギだって気づいてるはずなのに、上客として扱ってないのがふしぎでさ(中級男娼に相手をさせる意味がわからない)。……シノさんって、キリコも贔屓にしてないし、いっそのこと、ハルがもらっちまえばいいのに、」

 アダシノもトキツカサも、紳士的な容姿とは裏腹に、壺の間では激しい性行為を強いられるため、ハルチカには不得手な男だった。アカラギを思慕するハルチカにとって、他者との肉体関係は仕事として割り切っていたが、ヒョウエは愉しむ余裕さえあるようだ。

「そんな云い方やめてくれ。おれ、割札なんて誰にも渡さないから……、」

「えー、枕席の相手を選べるのは上級男娼の醍醐味じゃんよ。特権を使わないなんて、勿体ねぇなァ。」

 云うだけいって退出したヒョウエは、ひと月ほど前、アカラギの案内にしたがってアダシノと性交し、その後も何度か枕席に呼ばれたが、相手が満足していないような気がしてならなかった。


✓つづく
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