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〘32〙外出許可
しおりを挟む花町の地下水から毒性の微生物が検出され、消毒と工事がはいることになった日、夜鷹坂をはじめ、多くの娼館が臨時休業となった。
「え? もう一回云って、」
「おまえたちに三日間の休暇がでた。外出も可能につき、これが通行証だ。舗をでるときは、帳場に提示すること。」
昼まえ、ハルチカの自室を訪ねたアカラギは、紐付きの通行手形を差しだして云う。上級男娼〈溫治〉と〈夜鷹坂〉の文字が彫刻刀で掘ってある。アカラギの筆致かどうかは不明だが、力強さを感じる字体だった。
「外にでていいの?」
起きたばかりのハルチカは、布団をたたむ動作を途中でやめ、手形を受けとると、じぶんの名前を見つめて聞き返した。
「三日のあいだ好きな場所で過ごして構わないと、それが楼主の言伝だが、食あたりには注意しろよ。地下水から異常が検出されたそうだ。」
束の間の自由を手に入れたハルチカは、理由など頭にはいってこず、表情があかるくなった。
「哥さんも休めるの?」
「俺は仕事がある。」
「仕事って、なんの? せっかく三日も休めるのに、おれひとりじゃ満喫できないよ、」
「花町を案内できる人間を探してやろうか、」
「誰でもいいわけじゃない。おれは、哥さんじゃなきゃいやだ。」
「わがまま云うな、」
「そっちこそ、たまにはやさしくしてよ。おれは、こんなにも哥さんのことが……、うむッ!?」
科白の途中で接吻を喰らったハルチカは、不意打ちすぎて反応が遅れた。アカラギの口唇が離れていったあと、ドクンッと心臓が高鳴った。
「に、哥さ……、」
「つづきは後まわしだ。きょうは、おとなしくしていろ。あすの朝、おまえを迎えにきてやる。外出する準備をしとけよ。」
「……え、 えっ?」
障子戸をしめて退出するアカラギは、吹抜の階段をおりていく。生活空間でもある六畳間に残されたハルチカは、しばらく呆けて立ち尽くした。
「に、哥さんに、キスされた……、哥さんと、外出できる……?」
思わぬ展開だが、たとえわずかでも、アカラギの時間を占有できるハルチカは、上機嫌となって着がえをすませると、あすはなにを着ていこうか箪笥を全開にして悩んだ。
「哥さんは渋い着流しが定番だけど、おれの場合、薄物しかないからなぁ。どんな恰好すればいいのか、わからないや。男娼の着物は、さすがにないよな。」
ばさばさと着物をひろげていると、めずらしくヒョウエがやって来た。
「ハールーチーカ、いる?」
「いるよ。どうぞ、はいって。」
障子戸の隙間から顔をだす雹ヱは、ハルチカよりあとに中級男娼となった十八歳の青年である。クセ毛の短髪だが、前向きな性格で、誰に対しても敬語を使わないため、度胸のよさと活発な雰囲気は、利用客にも評判となっている。
「どうかしたの、」
「うん。もう聞いた? きょうから三日間、男娼は休みなんだって、」
「聞いたよ。」
「ハルチカは、どうするんだ?」
「きょうのところは、どうもしないかな。……あしたは、ちょっと花町をふらついてみようかと思って、」
「だよな。せっかくの自由行動だもん。出かけなきゃ損だよな。花町に興味はねーけど、ハルチカが外出するなら、おれもいっしょに行こうかな!」
「え……、」
「いいだろ? どうせ暇同士なんだし、」
アカラギとふたりで過ごしたいハルチカは、ヒョウエの誘いを断る理由を考えるため沈黙した。しかし、なかなか思い浮かばないため、話題を変えることにした。
「なあ、ヒョウエはいつから、夜鷹坂にいるんだ?」
✓つづく
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