曙花町男娼夜鷹坂

〘11〙肛門性交

　十八歳になって四日目の朝、めずらしくアカラギが同室でくつろいでいた。年が明けてすぐ、彼による性教育が始まり、ハルチカの心境は複雑だった。枕もとに放置してある入門書には、男娼として心得こころえるべき手本が記述されている。昨夜は、指と疑似陰茎をつかって体内領域を開発されていた。奥まった部位が痛むのは、異質なものを挿入されたからであり、もし、生物なまものではなくアカラギの本物ほんもの（ややこしい）だとしたら、どんな感じだろうと想像したハルチカは、にわかに動揺した。

「今、なにを考えていた。」

「え？」

「正直に云ってみろ。」

　記事を目で追っていたアカラギは、新聞紙を方卓に置くと、膝を進めてきた。接近されて硬直するハルチカは、「べ、べつに、なにも……、」と口ごもる。哥さんの逸物いちもつならよかったのにとは云えない。沈黙するハルチカをよそに、アカラギは腕をのばし、入門書を手繰たぐり寄せた。

「今夜は、三頁ページほど飛ばすぞ。体位の実習を始める。基本は本取ほんとりだが、おまえは未経験のようだし、先に花菱はなびしを体感させてやろう。」

　ハルチカは聞き慣れない用語を調べるため、差しだされた入門書を受け取り、該当頁ページをひらいた。図解が載っている。

「花菱って……、これを哥さんが、おれにするの？」

「そうだ。」

　しれっとした顔で云う。花菱は、攻めが口をつかって受けの陰部を愛撫する性行為である。アカラギに逸物いちもつを咥くわえさせるなど、あり得ない。指でイカされただけで激しく興奮したハルチカは、「無理、こんなの、ぜったい無理！」と拒絶した。

「なんでだよ。さっきまで、俺に掘ほられたほうがマシって面ツラをしていたくせに、」

「そ、そんなこと……！」

　思ってないと否定できずに完敗したハルチカは、いよいよ、アカラギと親密な時間を共有する。残念なことに、前戯において粗相そそうするという醜態をさらすハメにもなる。

「……哥さんの人でなし、」

　ようやく非難したハルチカの目は、涙でうるんでいた。性教育を担当するアカラギは、なにを云われようとも、やり遂げるしかない。数日後、首筋に噛みつかれることになるが、肛門性交について説明しておく。

「男娼ってのは、いわゆる牡丹ぼたん（女性器）の代わりに、客と肛交して肉体をつなげるしかない。……今夜は、実際に俺のをつかうが、気負わずに受け容いれろよ。かならず覚えておく体位は数十手ある。予備知識だけでなく、すべて体感させてやるから、後半になるにつれ、体力的にもシンドイだろう。」

　つまり、男娼として経験する体位を、アカラギが身をもって再現する。これから先、毎晩のようにアカラギと性交渉するハルチカは、羞恥心とは裏腹に、うっとりとした表情を浮かべた。無意識とはいえ、本人をまえに大胆な表情をして見せるため、さすがのアカラギも、いくらか当惑した。

「おまえには、俺が……、」

　どう見えているのだろうか。哥あにと呼ぶことをやめないハルチカの思いは意外にも強く、アカラギを悩ませた。しかし、従業員が男娼に愛情を示すことは御法度という掟おきてがあるため、ハルチカの気持ちに応えることはできない。性教育が終わり次第、世話係の立場として寄り添うことは可能だが、それこそ、アカラギの唯一の弱点となってしまう。なにも事情を知らないハルチカは、入門書の頁ページをめくると、

「つばき……、花？　あ、唾液だえきのことを〈椿〉って云うのか……、」

　性的な用語を暗記する必要があるため、声にだして読んだ。


✓つづく