曙花町男娼夜鷹坂

〘６〙過去の話

　高級スーツ姿のタカムラは、商談の帰り道にボロ雑巾ぞうきんのようなハルチカと出逢い、ひと目で素質を見抜くと、夜鷹坂という娼館に連行した。このとき、タカムラはハルチカに対して特別な感情などなく、男娼として商売道具になりそうな孤児ガキ、くらいにしか思わなかった。

「赤羅城アカラギ、こいつはまだ未成年だ。きょうからおまえが面倒をみてやれ。性教育は十八になってから開始する。……それにしても、臭くてたまらん。まずは風呂にいれてこい。着るものは彩吉サイキチに用意させておく。」

　アカラギと呼ばれた男は、「承知しました。」と丁寧な口調で応じると、小汚こぎたないハルチカに「ついてきなさい、」という。ぼんやり佇たたずむハルチカは、ふらつきながら娼館へ足を踏みこんだ。極彩色ごくさいしきの調度品に目が眩くらみ、壁に両手をついてしゃがみこむと、アカラギが歩み寄ってきた。

「どうした、立てないのか。」

　誰かに心配されたのは、何年ぶりだろう。クルマでの移動も初めてだったハルチカは、不規則な振動のせいで吐はき気けをもよおした。

「ご、ごめんなさい……。なんか気持ち悪くて……、」

「さては乗りもの酔いか？　それなら常備薬がある。少し、ここで待っていろ。」

　アカラギの声は、タカムラを前にしての調子と異なり、ずいぶんくだけている。相手から気をつかわれないことで、肩の力が抜けたハルチカは、ホッと息を吐ついた。のちに、夜鷹坂の男娼として有名になるハルチカだが、栄養不足により痩やせた足腰からは、未来の姿を想像することはできなかった。まもなく、ガラスのコップに水を注ついでもどったアカラギは、ハルチカの口腔へ胃腸薬の錠剤を指で押しこんだ。あまりの苦にがさに「おえッ」と吐きだすと、アカラギは余分に持ってきた新しい錠剤を口移くちうつしで無理やりのませた。それがハルチカのファーストキスとは知らず、適切に対処した（つもりだった）。

　なにもかも突然の事件ことすぎて、ハルチカは啞然となるが、こんどは脱衣場で裸身はだかにされた。風呂椅子バスチェアに坐らされたとき、やけに内股がスースーしたが、肌襦袢じゅばん（着物の下にきる肌着）姿のアカラギは、ハルチカの躰を念入りに洗い始めた。

　アカラギは平然と陰部に触ふれてくるため、「あッ、あッ、」と声がでてしまい、膝ひざがふるえた。初心うぶな反応を見るかぎり、ハルチカが童貞であることを察したアカラギは、体内領域の洗浄は不要であると判断した（ここへくるまでに、ハルチカが誰かと肛交していた場合、直腸に指を挿さしこみ、残留物を掻きださなければならない）。

「おまえ、名前は、」

「ハ、溫治ハルチカだけど……、」

「俺は赤羅城アカラギだ。きょうから色々と世話を焼くが、勘違いして甘えるなよ。」

「どういう意味ですか……、」

「おまえが未成年のうちは、厳きびしくするつもりはない。だが、十八になれば、そうもいかなくなる。……ようするに、俺を信じるなって話だ。」

　数ヵ月後、ことばどおりアカラギの態度は豹変するが、それまでの間は、ハルチカの心を幾度いくどとなくゆさぶった。

　入浴がすんで、脱衣場に用意された着物（なぜか女性用の小袖こそで）をハルチカに着せたアカラギは、「よし、」といって、あかるい笑えみを浮かべた。実年齢は不明だが、子どものような表情をする男だと思ったハルチカは、下半身の奥まった部位が火照ほてる理由を、湯を浴びた直後のせいにした。


✓つづく