曙花町男娼夜鷹坂

〘５〙手ほどき

　なにも、騙だまされたわけじゃない。溫治ハルチカが娼館へ身売りをした理由は、ただひとつ。生きるためである。ただし、裏切られた瞬間は、今でも忘れない。哥あにと慕っていた男は、ハルチカが十八歳になった日、態度が変わった。

「今夜から、おまえに初歩を仕込む。まずは、男娼としての知識や技術が記されている入門書を読め。五頁ページごとに説明をはさみ、身をもって学習してもらう。」

　云いながら、着物の袖をたすき掛けした赤羅城アカラギは、押入れから布団を取りだして敷く。方卓の前に正坐せいざするハルチカは、指で示された入門書へ視線を落とした。

「……なにが始まるの、」

　ふたりのあいだに、妙な緊張感が漂う。ハルチカは、確かめなくても頭では理解していた。微かすかにふるえる手で頁をめくると、いきなり男性器の図解が載っていた。

「目を細めず、よく見ろ。おまえの健康にかかわる重要な情報だ。五頁目までは、人体についての勉強になっている。読み終えたら、下着を脱いで横になれ。」

「哥にいさん……、」

「俺が実際に触ふれて、おまえの反応をさぐり、徐々に馴ならす。」

「そのための布団ですか、」

「そうだ。俺を哥あにと呼ぶのは、もうやめにしておけ。これからひと月かけて、おまえを男娼に仕上げる必要がある。泣こうが叫ぼうが、途中放棄するつもりもない。」

　いつもより険けわしい表情で語るアカラギは、夜鷹坂の楼主・髙邑タカムラにより、ハルチカの手ほどきを開始するよう指示を受けた。昼は仕事で動きまわっていたため、ハルチカを自らの寝室に呼ぶ時間が遅れていた。そのせいか、やや早口になっている。ふだんと異なる声の調子が、ハルチカを怯おびえさせた。

「そっか、哥さんが……、アンタ、、、がおれを、いちばん最初に抱いてくれるんだね……。でも、そんなかんたんにいく？　おれ、なにも知らないけど……、」

「愚問だな。おまえにかぎらず、性教育とは厄介で、手間がかかるものだ。余計な心配はするな。さっさと読んで、布団に寝ろ。俺にだって都合というものがある。」

　心配というよりは恥じらってしまうハルチカは、せっかく準備された入門書を直視できなかった。アカラギのほうで脇に詰め、無理やり頁ページをめくらせた。その腕や指先にこめられた勁つよさに、ハルチカの心臓は高鳴った。

「に、哥さん、」

「そう呼ぶなと云ったはずだ。」

　アカラギの顔が近いせいか、耳もとに息づかいを感じるハルチカは、彼にならば、どんなことをされても構わないと思った。それは諦念ていねんなどではなく、むしろ、好いた男に身を捧げることができる状況は、しあわせではないかと考えた。初夜こそ難儀したアカラギだが、ハルチカの開発は順調に進んだ。ところが、首筋に消えない傷痕きずあとを刻まれる事件が起きた。

　居茶臼いちゃうすという体位を指導するアカラギは、あぐらをかいた太腿のうえに裸身はだかのハルチカを坐らせ、向き合ったまま性交した。しばらくはあえぐだけのハルチカだったが、突然、前歯をむきだして首筋に噛みついてきた。陰茎を根元まで挿入している状態のアカラギは、とっさに突き放せず、取り乱すハルチカの背中を支えながら最後まで続行した。大量の血液が飛び散った布団は、焼却処分するしかなく、錯乱さくらんしたハルチカに悪意は微塵みじんもない。

　あとになって事の重大さを知ったハルチカは深く反省し、涙をこぼして謝罪した。アカラギは「これくらい気にするな、問題ない。」といって、性教育をやり遂げた。


✓つづく