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番外篇
ルシオンの逆襲
しおりを挟む「わが義弟ジルは、どうしている?」
「はい。午后のおり、側仕えのイシカワ殿と一緒に、裏門のほうへ向かう姿を確認しました。」
「ほう、となると、目的は外出か。念願の側仕えになって間もないゆえ、高官に無断ということは、さすがにないだろうが、相変わらず鼻持ちならぬ男だ。……下がってよい。」
濃褐色の髪と眼をしたルシオンは、若い官吏を退室させると、顔をしかめた。ジルヴァンと中庭で顔を合わせるたび、穏やかな時間を共有してきたが、突如として現れた恭介が第6王子の情人となってから、宮中での楽しみが減り、それは不本意な変化であり、ジルヴァンの幸福を願ういっぽう、素性の知れない男が邁進する様を厄介に感じた。
王位継承権のないルシオンは、広大な敷地内とはいえ、少し離れた別棟で暮らしており(側仕えなし)、身のまわりの世話が必要なときは女官を呼び、ときには階級の低い官吏をつかって恭介を見張らせた。
「……今頃、ふたりきりで城下町を散策しているのか。……ふっ、キョースケよ。わが義弟に城下の楽しみ方を教えたのは、このおれだということを知らないようだな。せいぜい、思いどおりにならぬ世上に、その自慢の頭を悩ませるがいい。」
別棟の窓から見える王宮を見つめるルシオンは、密かな報復を愉しんだ。同時刻、アミィから庶民的な普段衣を貸りて着替えをすませた恭介とジルヴァンは、城下町の人込みにまぎれ、焼菓子の舗まで無事にたどり着いた。
「見よ、キョースケ。ここであるぞ。」
嬉しそうに看板を指で示すジルヴァンだが、恭介は眉をひそめた。
(おいおい、〈恋するふたり〉ってなんだよ。やけに意味深な店名だな。……ここに、ルシオンはジルヴァンを連れてきたことがあるのか? なんか、遠回しに見せつけられた気分だぜ)
店名など気に留めないジルヴァンとは裏腹に、恭介は微妙な空気を読み取った。なるべく関わりたくない相手だが、王族に仕える以上、ルシオンとの接点は避けられない。
「お、あったあった。この焼菓子でまちがいない。いちど、キョースケにも食べさせてやりたくてな。店主よ、これをふたつもらおう。」
個装された焼菓子を紙袋に詰めてもらうジルヴァンの横で、またしても恭介は動揺した。
(おい、〈夜の扉〉ってなんだ? この店は、アダルトグッズ専門店かよ!)
店内は洒落た雰囲気で明るく、そこそこ繁盛していたが、焼菓子の商品名が成人向けのように見えてしまう恭介は、ルシオンの意図を確信した。
(……なるほどな。おそらく、ジルヴァンの反応は関係ない。ルシオンは、こうやって自己満足を堪能してきたのか)
以前、ルシオンがジルヴァンのために購入した〈夜の扉〉は甘い円形のカップケーキで、生地にはブルーベリーのような小さな果実が隠されており、先に見つけたほうが相手に口移しで食べさせるといった添え書きがある。
(さすがに、実行したとは思えねぇが、これは下心が過ぎるだろ……。まあ、オレの世界にも、ポ◯キーゲームとかあったっけ……)
一本の細い棒状のチョコレート菓子を、同時に端から食べていき、最終的にはキスにおよぶという、期待と過程をドキドキしながら愉しむゲームである。いくら恋愛に無頓着だったジルヴァンとはいえ、恭介と肉体関係を経験したことで、少しは敏感になっているはずだ。
(なあ、ジルヴァン。そいつを買ってどうする気だ? オレは、なにをすれば正解なんだ?)
ルシオンの思惑どおり、胸がモヤモヤして考えがまとまらない恭介は、会計を済ませて振り向いたジルヴァンの表情を注視した。にわかな興奮が見て取れたが、欲しいものを入手した達成感によるものだろう。早合点は禁物である。
「さあ、キョースケよ。一緒に食べようではないか。」
「あ、ああ、そうだな。」
何を期待されているのか判断に迷う場面だが、外出時間には制限があるため、恭介はジルヴァンの腰へ腕をまわして歩きだし、カップケーキは城に戻ってから食べることにした。
「なぜだ? 吾は、今すぐ食べたいぞ。」
「よく見ろ、ジルヴァン。そいつの商品名は〈夜の扉〉だぜ。食べるには、まだ少し早くないか。」
「むむ? それはそうだが……、」
「添え書きの意味、わかってる?」
「そういえば、店主がニヤけていたな。なんと書いてあるのか、とくに見ておらぬ。」
恭介は(やっぱりな)と思いつつ、紙袋の中身を確かめようとするジルヴァンを制した。
「キョースケ?」
「見なくていい。室に戻ったら、オレが書いてあるとおりにするからさ。」
「う、うむ、わかった。」
ルシオンに負けたくない恭介は、ジルヴァンにブルーベリーを口移しすることで、疑念を打ち消した。
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