恭介の受難と異世界の住人

み馬

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番外篇

シグルトとユスラ

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「ぼくは、シグルト様と共寝をしていません。この件は、誰にも云わないでくださいね。」
 

 恭介に、そう秘密を打ち明けたユスラは、事務内官の後輩で、第4王子(シグルト)の3人目の情人イロだった。右手の人差し指に黄金きん輪具リングを嵌めているため、内政に詳しい者が見れば、すぐにそれ、、とわかり、王族の所有物として扱いは区別される。

 恭介と出会ったばかりのユスラは、内気で頼りない存在であったが、シグルトの薦めを受けて文官を目ざし、今や、恭介と肩を並べて歩けるほどに成長した(とはいえ、ユスラの身長は伸びておらず、恭介より10センチほど低い見た目は変わらない)。


「今、何を考えていた? 正直に申してみよ。」

 深夜、第4王子の寝間ベッドルームに呼ばれたユスラは、絹糸きぬの肌着姿で足を運んだ。シグルトには他にも性欲を発散する相手がおり、ユスラが呼ばれた時、すでに別の情人イロと寝台を共有したあとだった。コスモポリテス王国では、男同士の情交は禁止されておらず、王子たちは気に入った者をそばに置く条件として、情人の公認制度を利用していた。

「何をと云われましても……、色々ですが……、」

 立場を忘れてぼんやりしていたユスラは、寝台に横たわるシグルトを控えめに見つめ、「失礼しました」と、ひとこと詫びた。しかし、ユスラにしてはめずらしく、科白セリフが棒読みで、心ここにあらずといった表情を隠し切れていなかった。

 
 以前、恭介はシグルトの素行を疑い、無理やりユスラの内官布ないかんふの前をひらいたことがある。あらわになった肌に、予想以上のり傷があり、中には鬱血うっけつした新しいあざも確認できた。上半身だけで数十箇所はある。ユスラ自身が勇気をだして事実を吐露とろするまで、恭介は第4王子シグルトを軽蔑した。なにより、ユスラは複雑な家庭環境から逃げ出さず、自己犠牲的な考えをもっていた。どんなに辛くても、自分が耐えられるうちは問題ないと。しかし、精神が破綻してからでは遅いのだ。救済を必要とする声は、人知れず、世の中に響き渡っている。

 恭介を排他的に捉えるルシオンだけでなく、王族の人間は曲者くせものが多い。ユスラの場合にかぎっては、共寝に呼びだされても、主人である第4王子に抱かれることはなかった。

「なんだ、ユスラよ。もしや、いているのか?」
「ち、ちがいます。そんなんじゃ、ありません……。」
「では、なにをむくれて、、、、いる。」
「むくれてなど、おりません。そのように見えたのでしたら、申し訳ございませんでした。」

 ゆっくりと上体を起こすシグルトは、はだけたえりなおすと、寝台を軋ませて立ちあがり、円卓テーブルにつくユスラの手許てもとへ視線を落とした。

「ほう、これは文官の手本引きか。わざわざ持参してまで読みあさるとは、相変わらず勉強熱心だな。」

「ぼくはまだ、未熟者ですから……、」

 コスモポリテスでは、王族であれ庶民であろうと、下着を身につける習慣はない。そもそも、トランクスやパンツといった衣類が存在しなかった。いくら情人とはいえ、気品のある王子を目前にして股がスースーする状況は、恭介だけでなくユスラも気恥ずかしく思えた。もじもじと肩を揺らし、会話の続きに悩んでしまう。

「緊張せずともよい。今宵こよいも、朝がくるまで好きに過ごせ。」

 咽喉のどが渇いたシグルトは、女官に果実酒を用意させると、グラスを片手に長椅子ソファでくつろいだ。ひとつひとつの仕草しぐさが妙に色っぽく見えてしまうユスラは、にわかに動揺した。いつか、シグルトに肉体カラダを求められる日がくるのだろうかと思うと、ひどく悩ましかった。

 古くなったとはいえ、消えないあざだらけの肌は、誰が見てもきれい、、、だとは思えない。ユスラは受け身につき、こんな後暗うしろぐらい過去に苛まれている以上、性行為でシグルトを満足させることはできないだろう。なにより、難関である試験を突破して文官となった今でも、おのれに自信をもてずにいた。恭介のように適応性が高く、自主的に行動できる人間は、そう多くない。少なからず、誰もが不安をかかえて生きている。

 排除すべきは他者ではなく、自分自身の弱さである。狂気に取り込まれるのではなく、理想とする生活領域や精神状態は、自分の判断と思考力をもって、まもっていかざるをえない。人為により調和と秩序を保つことが王族の役割ならば、したがう者は慈しみのこころを起こすべし。ユスラは、新たな生き方を与えられたシグルトの情人である。そして今後は、文官として期待に応えていく必要があった。何事においても、自ら背を向けてはならないのだ。

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