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第351話
しおりを挟む会計士として社会人の一員となった恭介は、どちらかといえば現実主義者だが、異世界での生活が長く続き、暮らしぶりが様変わりしたことで、リゼルとの邂逅は幸運と奇蹟の賜物ではないかと思えた。もはや、本人の口から告げられなくても、リゼルの正体を確信した恭介は、「すまない」と云って、涙を指ではらった。
(オレはなんてマヌケなヤツだ。もっと早く気づくべきだったのに……)
感激のあまり恭介の全身が力むと、ウルは不満げな顔をしてベンチから立ちあがり、「行くぞ」と云ってリゼルの手を引いた。
「えっ、もう帰るの? もう少しキョースケと話がしたい!」
「いいから帰るぞ。あいつとは、いつでも会えるだろ。」
「そうだけど……、キョースケ、勉強がんばって。またね!」
慌てて歩きながら手を振るリゼルに、恭介は「そっちもな」と、笑顔で見送った。ウルの立場を考えた時、リゼルを誰にも譲りたくない気持ちが理解できるため、小さく肩をすぼめた。
(なるほどな。あの人狼がそばにいるかぎり、リゼルは安全だ。だから、両親は別行動を選択したのか……?)
恭介はシリルとゼニスに思いを馳せ、くすッと笑う。3年後にコスモポリテス城で再会を約束している家族は、あまりにも異例で特別な存在だが、さらにそこへ、日本人の恭介が加われば、世界や種族のちがいなど些細な事柄にすぎない。
(オレは、また会えるのか。本当は会いたくてたまらなかった。あの、なつかしいふたりに……)
3年後の恭介は、第6王子の側近となり、誰よりもジルヴァンの近くで生活を共にし、支え合っているはずだ。まさに、胸を張って再会できると思えた恭介は、それから随分経ってから、神殿のリゼル宛に手紙を送った。
(すべてにおいて、キミが架け橋になる。新しい生命の誕生は素晴らしいことなんだ。リゼル、もっと堂々と顔をあげていいぞ。オレがそうしたように自信をもて。キミたちの存在は未来を変えていくだろう……)
霧がかった早朝のこと、文官布を身につけた恭介は、凛々しい面構えを意識して城内を移動した。高位の文官だけが装飾できる帯飾りを目に留めた門衛は軽く頭をさげ、恭介の通行を黙認する。見せびらかすつもりはないが、文官は現在の等級を証明する必要があるため、恭介は王族の側近をあらわす胸飾りをつけていた。紅玉を散りばめたイチヂクのような果実がモチーフになっている。赤い宝石は情熱的な愛の象徴であり、持ち主に富と名誉をもたらすとされ、かつては王や権力者たちが好んでつけた石である。平和な生涯を望む恭介だが、いくつもの困難を打破し、恋愛をも成就させた今、これ以上の勝利をつかむ必要はない。これからは、恩返しの時間が続いてゆく。その対象となるべき最初の人物が、コスモポリテス城を目ざして歩いてくると、傍らのリゼルが両手を空に向かって広げた。
「父さん、母さん!」
人影は濃い霧に包まれており、恭介はまだ、はっきりと姿を確認できない。風下に立つリゼルは匂いでふたりを特定し、満面の笑みを浮かべた。その横に佇むウルも、めずらしく穏やかな表情を見せる。
満ちたりた日々の中で、これほど胸が弾む感動は新鮮だった。目的を達成しても、誇りだけは失わない。だからこそ、偉大な幸福が眼に映る。誰もが恋の夢を見て、心の片隅で愛をささやく。気高い姿を保てるように。
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