恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第340話〈ふたりの秘め事〉

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 第6王子ジルヴァンの沈黙は長く続いた。それも当然の流れだった。情人イロとして身を捧げた男の正体が、別世界からやって来た日本人だと判明したのである。元はといえば〈石川恭介〉という名前こそ、あまりにも風変わりな響きだった。ただし、恭の字は“礼儀正しく慎ましく”といった意味合いをもつ。両親は、恭しく素直で思慮深い子に育つようにといった願いを込めて、恭介と命名した。これといって不自由なく成長した恭介は、真面目まじめで正義感のある大人おとなになり、どちらかといえば苦労を買いやすい性格の人間になっていた。名は体を表す。物や人の名前は、その性質を的確に表すことが多い。次いで〈レ・ジルヴァン〉とは、“輝ける存在”という意義をもっている。恭介とジルヴァンの立場は、名前だけでも理想の主従関係が成り立つといっても過言ではない。

(……ジルヴァン、オレのこと嫌いになったのか? どうしていつまで黙ってるンだ。頼むから、何か云ってくれ……)

 共寝の直後、肉体的な快楽と満足を得ていたが、互いの心は揺らいでいた。恭介は、きょうほど夜が長く感じたことはない。しんッ、と、静まった室内に、カチコチコチと、壁際の置き時計が秒針をきざむ。ジルヴァンは背中を向けて横になっていたが、ぎしっ、と寝台ベッドを軋ませて起きあがると、椅子イスに腰かけていた恭介を目に留めた。燭台が照らすほのかな暗がりを、ゆっくり裸身はだかのまま歩み寄ってくる。

「……ジルヴァン、」

 恭介の前で立ちどまり、スッと、右腕を差し出した。もういちど第6王子に忠誠を誓うため、手の甲に口づける必要があった。ジルヴァンは無言で恭介を見据えたが、その意味を正しく理解して片膝かたひざをつくと、両手を添えて指先に口唇くちびるせた。ジルヴァンは左手の人差し指に琥珀アンバーの指輪をめている。それは恭介からの贈物おくりもので、情人のあかしとして送られた黒翡翠ジェダイト輪具リングよりずっと安物やすものだが、大切に扱っていた。

「ジルヴァン……、オレは……、」

 顔をあげた恭介の目の高さに、ジルヴァンの下半身があり、思わず息を呑んだ。これほどまで無防備に肌をさらす真似は、信頼されている証拠でもあり、恭介は欲望のを再認識した。ただ、これまでの説明不足を詫びるだけでなく、もっと重要な伝えるべき言葉が頭の中に浮かんできた恭介は、無意識に笑みがこぼれた。ジルヴァンが何も云わない理由は、恭介に失望したからではない。

「ありがとうジルヴァン……。キミを好きになって本当に良かった。これからもよろしく頼む。」

 わざと軽いノリで感謝の意を告げる恭介に、ジルヴァンは「無論」とこたえた後、「ふっ」と、微笑した。ふたりは熱い口づけをわすと、恭介は帰るべき場所(御室堂)へ引き返した。

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