恭介の受難と異世界の住人

第338話

　部屋に侵入してきた男に襲われたシリルだが、ギラッと獣けものの眼を光らせて、強気で応戦した。

「～～もう！　ぼくって、なんでいっつも雌メスと間違われるのさ～っ！　たとえそうだとしても、ぼくを抱いていいのは、ゼニスだけだからねっ!!」
「ふんっ、おまえのどこが雄オスに見えるかよ。ん？　ああ、生殖器は確かに男だが、色香がハンパないんだよ！」
「わっ、どこ触さわってるのさ!!　やめてやめてーっ!!」

　麻布を脱がそうとしてくる男の腕に、ガブッと噛みつくが、前髪を掴つかまれたシリルは、後方にグラつき、男が躰ごと覆おおい被かぶさってきた。足をバタバタさせていると、男の背後にゼニスが佇たたずんでいた。

「あっ、ゼニスだ！　おかえり～！」
「シリルを離せ。無理強むりじいをするならば、どこの誰であろうと容赦はせん。」

　襲われている真っ最中のシリルは悠長な発言をしたが、ゼニスは物騒な科白セリフを淡淡と口にする。武器の愛剣つるぎは腰からさげたままだが、素手のほうが瞬時に相手を倒すことができた。男を牽制した後、シリルを解放するため回し蹴りを喰らわせる。ガキッ、ドザッ、「げふっ!!」という連続音が鳴り響く。

「ゼニスーっ!!」
「何をされた？」
「何もされてないよ！　ゼニスが間に合ったから！　いつもゼニスが助けに来てくれるから、ぼくは平気なんだ！」

　両手を広げて抱きつくシリルを受けとめたゼニスは、床で脳震盪のうしんとうを起こして気絶した男を一瞥いちべつすると、「少し加減を間違えたようだ」といって、小さくため息を吐いた。シリルに伸のし掛かるさまを見たゼニスは、怒りより先に躰が勝手に動いた。

「……ゼニス？　どうしたの。」
「……いや、もうここには居られんと思っただけだ。」
「え、なんで？　ぼくたち、何も悪いことしてないよね？」
「そうではない。おまえに興奮する輩やからがいる以上、こちらから去ったほうが無難だろう。……原因を調査される前に出ていくぞ。」
「う、うん……。よくわからないけど、わかった。ぼく、ゼニスの云うとおりにする！」

　シリルの体質は両性具有につき、いちどきりの出産を経験し、閉経したあとも、雌性の色香を放っていた。また、性交中よりも事後のほうが体外へ排出された汗などから、雄オスを引きつける生理活性物質を漂わせるため、なるべく湯を浴びるなどの対策が必要だった。シーツを洗いに向かったついでに、桶おけとタオルを用意したゼニスは、気絶している男を廊下に捨て置くと、シリルに全身を拭ふくよう手渡した。

「……ゼニスが拭いてくれないの？」

　荷物をまとめるゼニスに、シリルがぽつりと、つぶやいた。コスモポリテスの獣人領で獣王子おうじとして暮らしていたシリルには、ディランという世話係がおり、身のまわりを清潔に保つ役目を引き受けていた。つい、昔を思い出してシリルが窓の遠くを見つめると、ゼニスは軽く肩をすぼめた。

「手が届かないところは拭いてやってもいいが、それ以外の場所は自分できれいにするんだ。それくらいできるだろう。」
「……うん、わかった。」

　いつまでもゼニスに甘えてばかりいられないシリルは、コクッと頷うなずくと、タオルで躰の熱を拭き取った（背中のみゼニス担当）。

「ねぇ、次はどこ行くの？」

　シリルの問いに、いつか夫婦で里帰さとがえりを考えていたゼニスは、「ジオハーツだ」と、短く答えた。

　　　　＊　＊　＊　＊　＊　＊