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第326話
しおりを挟むマグナの講義は30分ほど長引き、ようやく午前の授業が終了した。恭介は、その頃には足の痺れが限界だった。すぐには立ちあがれず、手摺りに背中を預けて両脚をのばしていると、ランカが近づいてきた。
「イシカワ様、大丈夫ですか?」
「これが大丈夫に見えるかよ。」
平気な顔で恭介の脇に膝をつくランカに、皮肉めいた笑みを浮かべてこたえる。ランカや他の生徒の多くは、小さい頃から私塾に通っているため、長時間の正座に耐えることができた。いっぽう、事務内官として働いていた時はデスクワーク中心だった恭介は、なかなか腰をあげることができず、いつも置き去りにされた。ランカは、そんな恭介に気をつかい、足裏の感覚が戻るまで、静かに寄り添った。
「べつに、オレを待たなくてもいいンだぜ。先に行って、昼飯を済ませてこいよ。」
「……こうして、ぼくがそばにいたら迷惑ですか?」
「うん? そんなことはないが……、」
「でしたら、このまま待たせてください。」
「あ、ああ。わかった。」
ランカの澄んだ黄色い双瞳から、強い眼力を感じ取った恭介は、いくらか当惑した。
(……なんだろうな。ランカのやつ、オレを見る目が微妙に変わったような気がするぜ。……もしかして、こいつの所為か?)
左手の黒翡翠に視線を落とすと、右側に座っていたランカが身を乗りだしてきた。
(うおっと、近ぇな!!)
気配を察して恭介が向き直ると、ランカの整った顔が至近距離に迫っていた。相手の呼吸する息づかいが、頬に触れる。恭介の心臓は、ドクドクと、むやみに脈が乱れた。
「ラ、ランカくん?」
「それに、触ってもいいですか?」
「うん? 指輪のことか?」
「はい。とても高価なものと、お見受けします。」
「あ、ああ、そうだろうな。……ほら、」
恭介が左手を差し出すと、ランカは両手で包み込むように触れた。恭介の指の形をなぞり、そっと、鉱石の感触を確かめる。微かに目を細めるランカを見おろす恭介は、何か特別な感情が働いているようすだと考えた。
(……情人に、知り合いでもいるのか? もしくは、ランカ自身が誰かの情人になりたがっているとか? 上品なランカにかぎって、さすがに、そんなわけねぇか……)
思考がまとまらない恭介は、冗談半分で、ランカに直接訊ねた。
「キミは、情人に興味があるのか?」
「……なぜ、ぼくが?」
「オレが、というより、指環が気になるみたいだからさ。念のため、他意はないから安心してくれ。」
「……おかしな人ですね。もしぼくが、あなたに興味があると云ったら、どうしますか?」
「そいつは困るな。キミは美形だから、今も、けっこう緊張してるんだけど……、」
そう云って恭介は、ランカの細い指が絡む手許へ視線を落とした。ランカはおもわず「あっ」と恥じらって、サッと、恭介から身を引いた。
「も、申し訳ありません。ぼくは、なんて破廉恥な真似を……!」
ランカは「わわっ」と、極端に取り乱すため、恭介のほうで平静さが戻り、「ははっ」と、声に出して笑った。
「気にするなよ。これくらい、どうってことない。」
「イシカワ様……、」
「う~ん、よし! やっと足の痺れも治ってきた。一緒に昼飯を食べに行こう。」
恭介は膝に手を添えて、スクッと立ちあがった。
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