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第324話
しおりを挟む現在、文官試験に合格し、側近候補生として御室堂で勉強に励む恭介の元へ、第6王子から書状が届いた。
(明後日の午後8時、寝間まで……、か。これって、共寝の呼び出しだよな!?)
最近は身のまわりが忙しなく、あまり時間の余裕はなかったが、こうしてジルヴァンから呼び出しを受けることは、うれしくもあった。
(しばらくぶりすぎて、ちょっと心配だけど、情人の役目は、しっかり果たさなきゃ男じゃないぜ! ……オレのこと、まだ怒ってなきゃいいけどな……)
文官布の内側には、長方形の衣嚢が縫い付けられている。恭介は誰かに見られないよう、こっそり胸もとに書状をしまうと、顔を洗いに共用の水場へ向かった。磨りガラスの引き戸を開けると、ランカと鉢合わせた。
「イシカワ様、おはようございます。」
「おはよう、ランカくん」
時刻は朝早いため、水場(井戸水を引いたもの)を使うのは、ふたりが一番乗りだった。先に洗顔を済ませたランカだが、恭介の身仕度が終わるのを待っていた。
「どうした? オレになんか用か?」
背後に佇むランカは、何かを云い澱み、「すみません」と詫びたが、その視線の向かう先に恭介のほうで気がつき、苦笑して見せた。
「もしかしてこいつが、……輪具の意味がわかるのか?」
「……は、はい。」
「だろうな。キミは優秀だから、なんとなくそう思ったよ。」
「そんなことはありません。……ただ、イシカワ様は左利きのようですし、人差し指に輪具を嵌めるのは不自然ですから……。」
「まあ、キミの予想どおり、オレは王族の情人だよ。」
「……は、はい。そのようですね。……イシカワ様がお相手する人物を訊ねては、失礼でしょうか?」
恭介は左手の黒翡翠を見つめ、少し考え込んだ。ランカは、立場を同じくする側近候補生につき、一般的な文官(シュイなど)とはちがう教育を受けている。つまり、講義が進むにつれ、王室の内情に詳しくなってゆく。早かれ遅かれ、情人の存在を知識として学ぶことになる。もとより、情人とは知る人ぞ知る存在ではなく、国王と王妃に公認された愛人のような立場である。
(ランカは、オレの相手が気になるのか……。そりゃ、気にするなって云うほうが無理があるよな。輪具を嵌めて生活している以上、オレが王族の誰かと親密な関係にあるって、公表しているようなモンだしよ……)
恭介的には、できれば一生外したくない黒翡翠である。現在、ジルヴァンとの共寝を独占している立場とはいえ、情人に定数などない。王族は、いくらでも気に入った人物をそばに置くことができるため、慢心は禁物である。ランカは、恭介の黒い双瞳を神妙な顔で見据えてくる。これから先、同じ道をゆく仲間に、嘘をつきたくないと思った恭介は、周囲に誰もいないことを確認してから、その名を告げた。
「オレの相手は、第6王子のレ・ジルヴァン=ラフェテス=エリュージオだ。」
「第6王子様ですって……!?」
(うん? なんでそんなに驚く必要があるンだ?)
ランカは自分の声の大きさに驚いて、ハッと、青ざめた。「す、すみません。失礼しました」と即座に詫び、水場をあとにする。恭介はランカの背中を見送り、3番館へ戻った。
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