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第323話
しおりを挟む恭介の伝言は“庭園で待つ”といった短い内容だった。しかし、ジルヴァンは約束の時刻に足を運ばなかった。恭介に弁明の機会を与えなかった己の器量に、今更ながら後悔した。
「……くっ、おれは、なんて心が狭い男なんだ。せっかくキョースケが……、あやつが、真実を打ち明けようとしていたのに、吾は耳を貸してやれなかった……!」
一人称が定まらないほど、思考回路が迷走するジルヴァンは、寝台のシーツを、ギリッと、強く握りしめた。この寝間で、すでに何度か恭介の腕に抱かれて過ごすジルヴァンだが、共寝の呼び出しすら、ためらいが生じる始末である。どここまでも素直になれない心が、ひどくもどかしい。
「キミは、そんなところで何をやってるんだ?」〔第16話参照〕そういって、柱の陰に身を隠していたジルヴァンを見つけた恭介の姿は、記憶に新しい。まだ、知り合って1年足らずである。しかし、ジルヴァンにとって恭介は、欠かすことのできない存在になっていた。
「キョースケ……、キョースケ……。」
名前を呼んでも、応える者はいない。ジルヴァンこそ、そんなところで落ち込んでいる場合ではなかった。
「……そうだ。……そうである。吾は、貴様に会わなくてはならぬ。……会って、話をしなければ、このままでは何も解決せぬ。」
現在、恭介は御室堂に引っ越し済みである。同じ城内の敷地に身を置くため、以前より、ふたりの距離は物理的にも近づいていた。ちなみに、御室堂には書簡箱が設置されている。わざわざ女官を向かわせなくても、本人宛へ書状を届けることが可能だった。翌日、ジルヴァンは墨と筆を用意させると、恭介に書状をしたためた。
「うむ。これでよし。……キョースケめ、驚くであろうな。……否、貴様は吾の情人である。主人の命とあらば、何を差し置いてでも必ずやってくるべきだ。……待っているぞ。」
あの日、恭介は明け方までジルヴァンを待っていた。真っ暗な庭園で、ひっそりと、ただジルヴァンに会いたくて、静かに待ち続けた。結局、恋人はあらわれなかったが、恭介は、最初からそんな気がして半ばあきらめがついていた。しかし、いよいよジルヴァンに、すべてを打ち明ける時がきている。自分が日本人であることや、文官として精進し、いつか必ず、ジルヴァンの側近従士になること、心中を吐露すべき機会を探しあぐねている。
「……キョースケよ。吾は、こんなにも貴様が愛おしく思うぞ。……元気にしておるか? 早く声が聞きたいぞ。」
ジルヴァンは、米を煮て糊にした澱粉で封をすると、女官に手渡した。早速、城内にある配達室に届けられる。数日後、恭介のところへ無事に到着した。
御室堂での生活は、規則正しい日常が求められている。毎朝、決まった時刻に起床し、講義がない日も身装を整えておく必要があった。恭介は、同室者のシュイより先に起きると、文官布に袖を通した。顔を洗うため3番館から出ると、扉ごとに設置された書簡箱に目を留めた。
(うん? 手紙が入っているな……)
木箱の投函口から、封書が見えている。抜き取って裏返すと、ジルヴァンの筆致で“イシカワキョースケ殿”と宛名が書いてあった。
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