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第315話
しおりを挟むリゼルとウルを前にしたアレントは、思わず「おおっ」と、声をあげた。ザイールは内心ハラハラしつつ、応接室の扉を閉めると、パチッと、人型のウルと目が合った。ザイールがアレントを呼びに退出した後、リゼルの荷物にまとめてある衣服(シリルお手製/第191話参照)を身につけている。ウルの場合、一張羅を着て佇む姿は、人間と変わらない。裸足という点を除いては。
「おまえが半獣で、うしろのやつが人狼のようだな。」
「そうだ! オレはリゼルだ。こっちはウル! あんたが、アレントか?」
「アレンと、呼んで構わないぞ。この大司祭が、おまえたちの身の上を引き受けるべきか、少し、話をしようじゃないか。」
アレントがリゼルの正面に座ると、ザイールは背後に控えた。リゼルのうしろに立っていたウルは、近くの壁際へ移動すると、背中をあずけて腕組みをした。にわかに、緊張感が走る室内の空気に、ザイールは、ごくッと、唾を呑んだ。だが、いちばんに口をひらいたリゼルは、元気な明るい声のままだった。
「それで? どうすればオレとウルは戸籍がもらえるんだ? できれば3年以上、国内で働きたいンだ!」
「他国から永住の場合、3年間コスモポリテスの法に従って問題を起こさず生活を送れば、わが国の戸籍を得ることは可能だが、其方等は人外ゆえ、前例がない。」
「前例がないとダメなのか?」
「新しい風を吹かせる者は、それによって発生する利害など、すべての責任を負う覚悟が必要なのだ。とくに、前例といった承認事案がない件については、慎重に見極めなければならん。……私が吹かせた風を、周囲の人間がどう受けとめるか、難しいところだ。」
アレントが、わざとらしく愛想笑いを浮かべると、壁際のウルが口を挟んだ。
「まわりくどいな。オレサマは人間の持論に興味はない。可否だけ、さっさと云えよ。」
「ウ、ウル? オレたちは、コスモポリテス城で働こうって、そう決めただろ。もっと人間とうまくやらなきゃダメだ。3年間がんばって、父さんと母さんと、ここで会うんだ。その時は、おまえも一緒だからな!」
ガタタッと、思わず席を立ってウルに詰め寄るリゼルを見たアレントは、「ふたりには、何か切実な事情があるようだな」と、付け足した。ウルは「フン」と顔を背けたが、リゼルはアレントを振り返ると、可能な範囲で経緯を述べた。
「……こいつは驚いた。リゼルの父親は人間で、母親が獣人とはな。異種族の夫婦が、わが国に存在したとは、信じられん。」
「少しちがうぞ。父さんは傭兵なんだ。最初は、コスモポリテスの人間じゃなかった。」
「ほう、それもまた珍妙なり。どのような出会い方をして、契りを交わすまでに惹かれ合ったのか、興味深いではないか。」
「父さんと母さんは、オルグロストの戦場で遭ったんだ。」
「戦場だと? そいつはまた、数奇なめぐり合わせだな。」
アレントは興味津々とばかり、耳を傾ける。そのようすを見届けるザイールこそ、リゼルの父であるゼニスとは、神殿で顔を合わせている。短いながら会話も発生したが、リゼルの頭についた獣耳がピコピコ動くたび、うっかり和んでしまうザイールは、過去の記憶に思考をめぐらせる余裕などなかった。〔第10話参照〕
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