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第314話
しおりを挟む書斎の塔とは、神殿の敷地内に建つ独立した空間で、かつては文房と呼ばれ、書物を読んだり書いたりする“房”であった。“斎”の字は部屋を意味するため、現在は書斎として名が通っている。ザイールは、螺旋階段を登ってゆき、最上階の扉をコンコンッと、控え目に叩いた。「どうぞ」と、中のアレントからすぐに返事があり、ザイールは「失礼します」と云って扉をひらいた。
小型の燭台に、蝋燭の火が灯る棚付きの机で、アレントは書きものをしていた。大司祭の証である、白い長袖の衣服を身につけており、肩から脇にかけ、35色もの刺繍糸をつかい、緻密な紋様が装飾されている。
「おくつろぎのところ、たいへん恐縮なのですが、アレントさまにお願いしたいことがあり、お邪魔させていただきました。」
「たしか、神官のザイールか。急を要するとみたが、まずは話を聞こう。もっと近くに寄りたまえ。」
直接、アレントの書斎を訪ねる神官など、滅多に存在しない。就任して間もないアレント自身も、神職者の顔と名前をすべて把握しているわけではないが、濃灰色の長い髪と丸眼鏡をかけたザイールは、祝典の際、なんとなく目に留まり憶えていた。また、アレントには生まれ持った才能として易師の実力があり、ザイールを見かけた時、他の神官と異なる気配を感じ取っていた。アレントに席をすすめられたザイールは、木製の椅子に腰をかけると、早速、リゼルとウルの件を相談した。
「……半獣と人狼ねぇ。なんでまた、そんな人間離れした二匹が、戸籍など欲しがるのやら。」
「わたしが聞いたところによると、仕事に就きたいからだそうです。」
「仕事だと? どちらも狩猟種族だろうに……。ふうむ。わざわざ異形な姿を晒してまで、われわれ人間社会で働こうとする理由が気になるな。……ザイールよ、その二匹は、今、どこにいる?」
「応接室です……。」
「いいだろう。会って、話をしてみようではないか。」
「……あ、ありがとうございます。ですが、リゼルという半獣は、短い剣を腰にさげていました。戸籍を希望しているくらいですし、襲ってくるようすはありませんが、念のため護衛をおつけしては……、」
「否、こちら側の武装など必要ない。それに、人間を襲う気があるならば、今頃は痺れを切らし、礼拝堂で大暴れしているだろう。」
「そうでしょうか……、」
「さあ、行くとしよう。」
「は、はい!」
アレントは、ふっと息を吹いて蝋燭の火を消すと、ザイールと共に螺旋階段を下りていく。神職たるもの、偏見や差別を以て、他者の権利を損なう真似は不道徳である。私心を没して全体に帰依する時、人間は何も隠すことなく融け合い、誰も傷つけ合うことなく、朗らかで明るく、透き徹った心境に住することができる。だが、古来より、排除の鋒先は“少数派”に向けられやすい。ところが、人々は共同体を成す世界を築きたげてきた歴史がある。すなわち、観念や体系のちがいにおける理解は、双方に必要不可欠なのだ。
応接室へ向かうアレントは、まだ見ぬ半獣と人狼に関心を示した。大司祭として、キヨキ心で対処するつもりでいたが、自然領で育ったリゼルは、そこまで物事を深く考えていなかった。
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