恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第287話

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 デュブリスが腰を抜かしてしまうと、全裸の男はヨダレを垂らしながら大股おおまたで近づいてきた。
「来るな! あっち行けっ!」
 あまりの恐ろしさに助けを呼ぶ判断ができずに青ざめたデュブリスは、もうダメだと思った。なぜなら、頼りの父親は漁場の小屋で高級魚の下処理をしている。周囲に人影はなく、遠くに見える同業者の小舟に助けを求めても、どうすることもできないだろう。

「キ、キョースケさまぁっ!!」 

 死際しにぎわに面して、憧れだった人物の名前を大声で叫ぶと、全裸の男はいきなりバターンッと倒れた。カハーッと、気持ち悪い声でうめき、口からあわを吐く。デュブリスは「ひぃっ!!」と後ずさり、思わず自分の鼻を指でつまんだ。かなりキツイ口臭こうしゅうが漂う。白髪の男は、気絶きぜつしているようだ。

「なんだよ、こいつ……!」

 今のうちに逃げるべきだった。デュブリスは恐怖でふるえるひざに力を入れて、なんとか立ちあがった。もつれる足で必死に小屋まで走り、父親に状況をしらせた。

「大変だ、父さん!! 川岸に気持ち悪い男がいる!!」
「気持ち悪い男?」
「どうしようっ、どうしたらいい!?」
「おいおい、デュブリス、落ちつけって。近所の人間じゃねぇってことか?」
「うん、知らない顔だった! それに、ものすごく臭い!」
「臭い? がーっはっはっは!」
「父さん! 笑いごとじゃないから! なにか嫌な予感がするんだ!」
「あぁ? さっきの赤い魚のことなら、気にしすぎだぞ?」
「……そ、そうかも知れないけど、今なら相手が弱ってるみたいだから、一緒にきてよ! 不法入国者だとしたら、警備隊に通報しなきゃ!!」

 アカデメイア川は、隣接する国とつながっている。ひとり息子が真剣に訴えるため、父親は包丁を手放して小屋から出た。 
「こっちだよ、父さん! あれっ!?」
「どこだ? デュブリス。」
「さっきまで、ここに倒れてたのに、居なくなってる!!」
 全裸の男が忽然こつぜんと姿を消す。さきほどの様子では、遠くへ行ったとは思えない。
「き、気をつけて、父さん。まだ近くにいるかも……、」
 そう云って川辺に目を向けた瞬間、ザバーッと、水中から再び白髪の男が現れた。デュブリス目がけて勢いよく突進してくる。

「と、父さん、こいつだよ!!」
「むおっ!? デュブリス!!」
「うわーーーっ!!」

 ドンッと、正面から体当たりされたデュブリスは、腹部に鈍痛どんつうが走り、顔をしかめた。父親はあわてて白髪男しらがおとこの肩を掴み、「おまえ、どこのどいつだ!!」と相手を威嚇いかくする。白髪男は言葉にならない声を発したが、あまりにも生臭なまぐさい息に、父親もデュブリスも「うっ」と咽喉のどを詰まらせた。

「フシャーッ、クキャーッ……、ピキャーッ!」
「こ、こいつは、まさか……、魚鱗ぎょりんの戦士か!?」
「な、なんだよそれ、父さん?」
「だとしたら、いかん! ここで息の根を止めてやらんと!!」
「な、なんだって!?」

 物騒な判断をした父親だが、武器となる包丁は小屋に置いてきてしまった。素手すでで挑むしかない状況に、父親はデュブリスの腕を引き寄せて云った。

「おまえが生まれるずっと前に、いちどだけ見たことがある。魚のような目と肌をした男をな。」

 見れば、白髪の男の肌にあった皺がなくなり、うっすらと緑色のウロコが浮き出ている。さらに両方の眼球がにごり、焦点が合っていなかった。 

    * * * * * *
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