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第285話
しおりを挟む国王と予期せぬ遭遇を果たした恭介は、壁の案内板を見つけて現在地を確認した。
(うおぉ……、びっくりした。内官でいるかぎり、王様をこの目で直接見る日がくるなんて思わなかったぜ。北棟は、格がちがうって空気が漂ってるな……)
執務室が配置されている東棟は、主に内官の姿しか見られない。だが、北棟には政治に関与する高官の控え室や会議室などが多数あり、廊下を行き交う人物も、どこか品のある顔立ちをしていた。
(田舎者が初めて都会にきて、ビクつく気持ちが理解できるぜ……)
独特な雰囲気に気圧されつつ、目的地まで到着すると、正方形にくり抜かれた受付窓口に短髪の女性の姿があった。ジルヴァン付きの女官と似た衣服を着ていたが、胸もとに三色菫の刺繍が優美に装飾されてある。白い花に黄色の模様と紫斑があり、胡蝶花とも呼ばれるアヤメ科の常緑多年草だ。
「あの、すみません。文官試験の申し込みをしたいのですが……、」
恭介が話しかけると、「はい、こちらで承ります」と応対し、間をおかず2枚の用紙を差し出してくる。
「どちらも記入内容に変わりはございませんが、片方は提出用です。もう片方はご自身の控えとなりますので、試験当日に必ず持参してください。」
「わかりました。」
「提出用書類の裏面には、身分証明書を貼付してくださいませ。記入漏れや貼付をお忘れになりますと、受験の資格が失われてしまうため、しっかり準備してください。また、当日の試験会場には30分前にお越しください。事前に持ち物検査や書類内容に不正がないかどうか、簡単な質疑応答が実施されます。服装につきましては原則自由となっておりますので、ふだんの恰好で問題ありません。……ここまで、よろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。」
恭介は意図して敬語を使わず、用紙に視線を落としたまま小さく頷いた。受付嬢の説明はムダがなく、わかりやすい。すでに何十人もの志願者に(あるいは数百回と)、同じ説明をくり返していると思われた。サクサク要件だけ伝えきると、最後に「努力の成果を期待しております」と世辞を述べて終了する。恭介は、
「どうもありがとう。」
と、一礼をして背を向けた。ついにここまで来たかという昂ぶる感情を胸に、たどり着く先に見える希望の光を頭の中でイメージした。ようやく、誰の手も借りず実力を示す機会に恵まれた以上、不合格だけは(なんとしても)避けたいというのが本音である。
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