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第281話
しおりを挟む講義の後、自室(寝間)へ戻ったジルヴァンは、円卓の花瓶を見つめた。きのうと異なる花が活けてある。ルシオンが訪ねてきて、暗黙の了解で差し替えたものだ。細い枝から、薄黄色の花が穂状に垂れている。咲きたてのように甘い香りが漂っていた。
「……シオンよ。なぜ、こうも吾を気にかけるのだ。」
義兄の好意を血縁関係による自然な感情と捉えるジルヴァンは、ルシオンの異様な執着心に嫌悪したことはない。かつて、一方的な理由でカイルを追放した件についても、今となっては過去の話である。当時は、カイルの忠誠心に感謝さえした記憶が残っている。時間は要したものの、カイルを取り戻すことができた今、ルシオンを恨んだりしていなかった。
「ジル様、お食事の用意ができました。」
扉の外側で女官の声がする。カイルが応対し、膳を受け取った。時刻は午後1時を過ぎている。アミィから恭介の快気祝いをすると聞いたジルヴァンは、ひと目だけでも恋人の無事を確認したくなり、執務室へ足を運んだ。本来、国の王子たるもの、情人を個人的に構いすぎては体裁がよろしくない。例えば、今回の暴力事件で恭介が大ケガを負った場合、さっさと切り捨てて新しい情人を選べばよいだけの話である。ジルヴァン側が恭介の回復を待つ必要はなく、まして、不注意で巻き込まれた恭介の責任能力が問われる事案だ。情人の生活習慣が不健康とあらば尚更だ。
「……この吾を待たせるとは、どれだけ貴様は大物なのだ。」
まだ苛立ちがおさまらないジルヴァンがブツブツ文句をつぶやくと、円卓へ膳を置きながらカイルが質問した。
「俗に、逃した魚は大きいと云う言葉があります。やはり、ご自身で釣りあげて手に入れた魚は、大事に育てたいものですか?」
「なんだ突然。」
「……失言でしたか? 王子様はキョースケ様のことを、よほど愛されているのだなと思いまして。」
「と、当然であろう! キョースケは吾の初者であるぞ! 好きでもない男と寝るわけなかろう!!」
「お食事前に失礼しました。」
ジルヴァンは箸を手にすると、煮付けにされた高級魚と目が合ったような気がした。
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