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第265話〈その男、カイル〉
しおりを挟む拳を振りかざした瞬間、次に恭介が意識を回復した場所は、見知らぬ天井の部屋だった。
「……あ……れ? ここは……?」
ぼんやりとした瞼を擦ろうと右腕を動かすと、ズキズキッと激しい痛みを感じた。「うぐっ!!」と短く叫ぶと、扉がガチャッとひらき、見覚えのある老人と目が合った。
「おう、気づいたかの。」
「あ、あなたは、身体検査の時の……、」
「久しいのぅ。その通り。おまえさんが情人になる前、診断書を作った医官じゃ。フォフォフォ、その後、城内のあちこちから色んな流言が耳まで届くぞい。なかなか元気に活動しとるようだの~。うむうむ、顔色は悪くないのぅ。どうやら頭部は無事のようじゃな。」
なつかしい顔〔第23話参照〕と再会を果たした恭介は、遅れて状況を把握した。寝台の上で視線を泳がせると、長方形の窓には白い布が垂れ下がっていたが、チュンチュンと、鳥の啼き声が聞こえる。まだ早朝らしく、周辺は静かだった。無理して上体を起こすと、右腕に包帯がきつく巻かれていた。ちなみに、全裸である。もとより、コスモポリテスに下着は存在しない。治療のため脱がされたと思われる内官布は、寝台の柵に引っ掛けてある。しかも、大量の血で汚れていた。
「うげ、マジか……。」
「まじとは?」
「い、いいえ、なんでもありません。それよりレッドは……、スガードくんは無事ですか?」
「おまえさんが助けようとした若い内官のことなら、心配いらん。そいつは無傷じゃった。」
「……そうですか。……それなら良かったです。」
「何が良かったモンかね。おまえさんの右腕は七針も縫ったのだぞ。神経まで損傷していたら、危なかったわ。あと、左足の小指も骨折しとる。鏡を見なければわからんだろうが、頬っぺたも、ずいぶん腫れとるぞい。さいわい、歯は抜けなかったようだが、打ちどころが悪ければ、最悪、失明のおそれもあるからの……。次に殴られる時は、顔面だけでも死守せいよ。せっかくの男前が、台無しになるぞい。ついでに、下半身の防御も忘れるなよ~? おまえさんの立派な男性器が使いモノにならなくなったら、情人失格だからのぅ。フォフォフォ。」
(……おい、爺さん! 最後のは下ネタじゃんかよ! ってか、顔面だけでもって云われてもなぁ。……あれからどうなったのか、よく覚えてねぇンだけど。状況的に、オレは不良共に負けたのか。……あぁ、ヤベェ!! ジルヴァンの信頼を裏切ったことになってねーか!?)
どの道、現在のケガが完治するまで共寝は不可能である。だが、腕の痛みどころではなくなった恭介は、慌てて寝台から抜け出ようとした。
「これこれ! 全裸でどこへ行く気じゃい。今、衣服を準備させておるから、少し待つのじゃ。」
「……ふ、服って、誰に!?」
内心(レッドか?)と思い扉を注視すると、軽いノックのあと、赤髪の男が登場した。
(うん? あの人は確か……)
全身黒布の男は、左手に剣を持っている。30代半ばの容姿で、互いに面識はあった。
「第6王子の、護衛剣士……?」
「はい。わたしはカイルと申します。」
「ああ、やっぱり。よくジルヴァンの後ろにいる武官だよな……!」
* * * * * *
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