263 / 364
第262話〈石川恭介の災難〉
しおりを挟むいつか、こんなふうなるだろうと思った。恭介は気絶して倒れる瞬間、恋人の名前を呼んだ。
「ジルヴァン……、オレなら大丈夫だ……、から……泣くな……よ……。」
血だらけになった恭介を見たレッドは、「うわあぁぁぁーーーっ!!」と、悲鳴をあげた。
恭介が(またもや)負傷する事件が起きたのは、〈君影堂〉でラフェテス兄弟(アレントとルシオン)と酒を酌み交わした1週間後の夕刻である。ジルヴァンから共寝の呼び出しを受けた恭介は、仕事が終わり次第、すぐに共同浴場へ向かった。
(よし、気合い入れるか。ジルヴァンと性交する以上、清潔さは大事だからな!)
脇の下やスネ毛、陰毛など、事前に必ず剃るようにしていた恭介は、着替えと一緒に小刀を用意して、薄暗い廊下を歩いていた。呼び出された時刻まで余裕があるため、急ぐ必要はない。こんな時に限って、ふと、執務室の扉に鍵を掛けたかどうか、いつも以上に気になった。
(最近は、オレがいちばん最後だからな。ちゃんと掛けたと思うけど、念のため確認しておくか……)
内官布姿のまま執務室へ引き返すと、扉が施錠されているかどうか、もういちど確かめた。把手を引くとガチッと音が鳴り、きちんと鍵は掛かっていた。ホッと安心した恭介は、クルッと背後を振り向いた。
「うん? あれは、レッド?」
それはほんの数秒だったが、廊下の先にゾロゾロと数人が横切り、その列に見覚えのある顔を目撃した恭介は、なんとなく胸騒ぎがした。
(……今のって、内官だよな。オレと同じ服装だったし。もう就業時間は過ぎてるはずだ。あいつら全員、どこへ行く気だ? あっちの方角に城の出口なんてあったか……?)
考えれば考えるほど、雲行きが怪しい。恭介の足は、自然とレッドを追いかけていた。
(なんだか嫌な予感がする。……レッドの性格は明るいが、それが原因で疎まれたりする場合があるからな。……オレの同級生にも、似たよう奴がいたから放っておけないぜ)
中学生時代、クラスの人気者が近所に住んでいたが、家庭環境は複雑で、よく庭先へ追い出されて泣いていた。だが、翌日の学校では何事もなかったかのように、明るくケラケラ笑う。恭介は内心、彼が無理していると思ったが、父親の転勤が決まり、卒業前に転校して行った。同級生は涙ぐんで送別会を開いたが、翌朝、はじめから彼など存在しなかったかのように平然と笑い、まして、彼に対する不満を云い合う光景を見た恭介は、奇妙な苛立ちを憶えた。結局、彼らの友情は表面的でしかなかった。恭介自身、その人気者と仲が良いわけではないが、心底にぽっかりと穴が空いたような喪失感は、数ヵ月ほど続いた。現実を受け入れる順応力には個人差がある。恭介は、人気者の光と影の部分を、いつまでも忘れることができなかった。
案の定、廊下の突き当たりでレッドと思われる男が、態度の悪い集団に取り囲まれていた。後から追いついた恭介は、反射的に柱の陰に隠れた。
* * * * * *
2
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる