恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第262話〈石川恭介の災難〉

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 いつか、こんなふうなるだろうと思った。恭介は気絶して倒れる瞬間、恋人の名前を呼んだ。
「ジルヴァン……、オレなら大丈夫だ……、から……泣くな……よ……。」
 血だらけになった恭介を見たレッドは、「うわあぁぁぁーーーっ!!」と、悲鳴をあげた。

 恭介が(またもや)負傷する事件が起きたのは、〈君影堂〉でラフェテス兄弟(アレントとルシオン)と酒をみ交わした1週間後の夕刻である。ジルヴァンから共寝の呼び出しを受けた恭介は、仕事が終わり次第、すぐに共同浴場へ向かった。
(よし、気合い入れるか。ジルヴァンと性交セックスする以上、清潔さは大事だからな!)
 脇の下やスネ毛、陰毛など、事前に必ず剃るようにしていた恭介は、着替えと一緒に小刀ナイフを用意して、薄暗い廊下を歩いていた。呼び出された時刻まで余裕があるため、急ぐ必要はない。こんな時に限って、ふと、執務室の扉に鍵を掛けたかどうか、いつも以上に気になった。

(最近は、オレがいちばん最後だからな。ちゃんと掛けたと思うけど、念のため確認しておくか……)

 内官布ないかんふ姿のまま執務室へ引き返すと、扉が施錠されているかどうか、もういちど確かめた。把手とってを引くとガチッと音が鳴り、きちんと鍵は掛かっていた。ホッと安心した恭介は、クルッと背後を振り向いた。
「うん? あれは、レッド?」
 それはほんの数秒だったが、廊下の先にゾロゾロと数人が横切り、その列に見覚えのある顔を目撃した恭介は、なんとなく胸騒むなさわぎがした。
(……今のって、内官だよな。オレと同じ服装だったし。もう就業時間は過ぎてるはずだ。あいつら全員、どこへ行く気だ? あっちの方角に城の出口なんてあったか……?)
 考えれば考えるほど、雲行くもゆきが怪しい。恭介の足は、自然とレッドを追いかけていた。

(なんだか嫌な予感がする。……レッドの性格は明るいが、それが原因でうとまれたりする場合があるからな。……オレの同級生にも、似たよう奴がいたから放っておけないぜ)
 
 中学生時代、クラスの人気者が近所に住んでいたが、家庭環境は複雑で、よく庭先へ追い出されて泣いていた。だが、翌日の学校では何事もなかったかのように、明るくケラケラ笑う。恭介は内心、彼が無理していると思ったが、父親の転勤が決まり、卒業前に転校して行った。同級生は涙ぐんで送別会を開いたが、翌朝、はじめから彼など存在しなかったかのように平然と笑い、まして、彼に対する不満を云い合う光景を見た恭介は、奇妙な苛立いらだちをおぼえた。結局、彼らの友情は表面的でしかなかった。恭介自身、その人気者と仲が良いわけではないが、心底にぽっかりと穴がいたような喪失感は、数ヵ月ほど続いた。現実を受け入れる順応力には個人差がある。恭介は、人気者の光と影の部分を、いつまでも忘れることができなかった。

 案の定、廊下の突き当たりでレッドと思われる男が、態度の悪い集団に取り囲まれていた。後から追いついた恭介は、反射的に柱の陰に隠れた。

    * * * * * *
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