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第261話
しおりを挟む知は行の始であり、行は知の成である。知行を二つに分けることはできない。
恭介は頭の中で、暗記した戒律を思い浮かべた。アレントは、権威ある書物の一節から事物の理を持ち出し、相手の先天的な道徳性を見抜こうとしていた。もっとも、ルシオンにとって恭介は理想の人間とは程遠い存在につき(むしろ恨まれている)、正しい心で対応するはずもない。ルシオンは恭介の顔には目もくれず、実兄の期待をわざと嘲笑した。
「兄上よ、理に形がないことくらい、ご存じであろう……。一身の修まりは、まず国が治まり、すべての意が誠でなければ、心は正しく斉わぬというもの。」
ルシオンは、人為的なはたらきかけを得意とするだけあり、正解をはぐらかす。次は恭介の番とばかり、アレントから手のひらで発言を促された。
(……ルシオンめ、うまいこと云って逃げたな。……オレには、なんのヒントもやらねぇって澄ました顔しやがって、腹立つな)
まだ考えがまとまらず沈黙する恭介を、アレントが、じっと見つめてくる。不思議な神通力をもつ易師に正体を見破られるわけにはいかない恭介は、ありのままを意見するしかなかった。
「オ、オレは、国が平らであろうとなかろうと、知を致める必要はあると考えます。悌を為すのがシゼンであるように、すべての人間は、等しい価値をもって生まれてきてほしいと思ってます。……したがって、悌は純真です。」
きれいごとを並べたつもりはないが、体裁を取りつくろった科白に聞こえるため、ルシオンは「フッ」と、鼻で笑った。恭介は(失敗したか?)と内心ハラハラしたが、アレントの表情は穏やかに見えた。恭介は今すぐ帰りたい気分に陥るが、アレントは、おもむろに酒杯を掲げると、
「わが弟と、キョウスケの至善に乾杯。」
と云って、嬉しそうに笑った。つられて酒杯を持ちあげた恭介は、ルシオンからジロッと睨まれた。
(今ので良かったのか? と、とにかく、乗り越えたぞ……。心臓に悪い空間だぜ……)
円卓には、ふだん見かけない王室料理が並ぶ。だが、緊張のあまり肩身が狭い恭介は、レスレット家の家庭料理のほうが口に合うな、と思った。もちろん、目の前の高級食材が不味いわけではない。盃に盛り付けてある煮魚を小皿に受け、黙々と箸を口へ運ぶ。アレントの神殿務めが始まり、戸籍に目を通す機会があれば、恭介の身分が判明することになる。
(オレが私奴だって、アレントに知られるのも、時間の問題だよな。文官試験が先で良かったぜ。受ける前に横槍を入れられたくねぇからな……)
叶えたい夢がある恭介だが、第4王子には、すでに身分を知られていた。今のところ、それによって何か不都合が発生じたわけではない。シグルトが他言せず、秘密を共有していることになる。
(ジルヴァンの情人ってだけで、こんなにも王族の連中と係ることになるとは、予想外だったぜ……)
恭介は君影堂での経験を胸に刻み、改めて気を引きしめた。
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