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第260話
しおりを挟むアレントはルシオンの実兄で、有能な易師である。30歳までに婚姻せず、独り身の意思表明を済ませた王族につき、神殿の大司祭として身を置くことが決まっていた。
(ザイールの情報によれば、神官の頂点に君臨するって意味だけど、厄介払いみたいな感じだよなぁ……。つまるところ、王位継承権のない庶子は、城から出ていく必要があるわけで……。オレにとっても、ジルヴァンが30歳を迎える10年後は、第二のターニングポイントになるンだよな。いや、第三か、四か……?)
文官にさえなれば、ずっとジルヴァンのそばにいることができる。そう考えて目標を立てた恭介だが、相手は王位継承権をもつ嫡子につき、その立場が変化する可能性も忘れてはならない。などと、第6王子のことばかりに意識が及んでいた恭介は、アレントに見透かされた。
「其方は下戸ではあるまい。今は酒を愉しむ時間だ。心配事があるならば、ひとまず横に置いておけ。」
「……すみません。いただきます。」
「これは極上の酒だぞ、キョウスケ。しっかり味わえ。私も今のうちに呑んでおかねばな。神殿務めが始まると、禁酒が基本になる。大司祭とは名ばかりで、色々と細かい規則を厳守せねばならんのだ。」
「それは……大変ですね……。」
「その代わり、王家のしきたりからは解放されるがな。どうだ、ルシオン。おまえも大神官になって、私を支えてみる気はないか?」
アレントは、恭介の斜め前の席に座る実弟に話題をふる。大神官とは、大司祭の補佐役で、やはり、王族の外戚などから輩出されている。ルシオンは酒杯を口へ運ぶと、「ご冗談を」と否定する。
(……ルシオンが城から出ていくわけなねぇよな。神殿に籍を移したら、そう簡単にはジルヴァンと会えなくなるだろうし……。おっ、この酒、うまいけど辛口だな……)
アレントいわく、極上すぎて咽喉がヒリヒリした恭介は、1杯で遠慮しておくことにした。
(強い酒は適量にかぎるぜ……)
酔いがまわり、自分を見失うような言動は許されない。ただでさえ、恭介は今、手強い相手と同席しているため、言葉ひとつが命取りになる。慎重にふるまう必要があった。
「……キョウスケよ。」と、アレント。
「はい。」と答える恭介。
「ルシオンも聞け。……私は問う。悌とは、純なる至善であると思うか?」
(てい? ……ていってアレか? 忠信孝悌の?)
年長者によく事えること、兄弟や長幼のあいだの情誼が厚いこと、人と付き合う上での誠意とも解釈できる。恭介は、文官試験の勉強をしていたからこそ、アレントの質問を考察することができた。
(……これって、答弁は人によって異なるってパターンじゃないか? 友とか民とか……。オレにとっての“悌”は“自然”なのかどうか……。うん? シゼン? アレントの発音は“自然界”とはちがう気がするな。古代日本の和語に、自然なんて言葉はなかったくらいだしな。なんかの本に、そう書いてあったぜ……。この場合、オレはなんて答えるべきか……)
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