恭介の受難と異世界の住人

第257話

　レッドの父親は、城下町で声楽家せいがくかとして働いているらしい。丸裸まるはだかでくつろぐ姿からは想像しづらい上、野生の虎獣とらのようにしか見えない。また、母親が帰宅するなり、夕餉ゆうげに招待された理由が判明した。

「こんばんは、イシカワキョースケです。お邪魔しています。」
「まぁまぁ、かっこいい御方おかたね～。こんばんは。その恰好かっこう、あなたも内官様なのね。胸の勲章が素敵ですこと！　ウチのレッドがお世話になっています。」
（うん？　いや、世話をした覚えはねぇンだけど……）

　帰宅した母親は、両手に茶色い紙袋を抱かかえている。恭介が無言で片方の荷物を引き受けると、「まぁっ、なんて親切なの！　どうもありがとう」と、声高に感心された。遅れて、レッドが顔をだす。

「母ちゃん、おかえり～。腹減ったよ～。あっ、この人はキョースケ様っす。自分の大先輩で、今夜は母ちゃんの手料理を食べてもらいたくて、連れてきたんだぜ！」
「まっ、そうなの？　それじゃあ、いつもより気合いを入れて作らなくちゃね～。すぐに準備するわ。」
「突然、すみません。」　
「キョースケ様、全然すみませんじゃないっすから、心配無用っすよ。ウチの母ちゃん、近所の料理教室で助手をやってるンすけど、いつもこうして大量に余った食材をもらってくるから、作る量もハンパないんす。父ちゃんだって食べきれず、仲間に分けたりしてるっすから！　遠慮なく、もりもり食べて行ってください!!」

　早速台所に立ち、紙袋の中から野菜を取り出す母親は、裸族ではないらしい。恭介は（なるほどね）と思い、小さくため息を吐いた。弟と妹の遊び相手になっているレッドや、絨毯じゅうたんの上で新聞のようなものを読む父親、そして目の遣り場に困る半裸で巨乳の姉は、鏡の前で長い髪を梳とかしている。コトコトと鍋の蓋が音をたて、調味料の匂いが恭介の鼻先をかすめると、胸の奥が焼ける気持ちになった。

（……平和な家庭っていいよな。みんな好き好きに過ごしてるけど、誰からも邪魔者扱いされない空間ってのは、それだけで安心するンだよな……）

　恭介は、レスレット家に漂う空気をなつかしく感じた。一家団欒いっかだんらんを楽しむ家族は、現代社会では様々な理由によって、意外と少ない。恭介は、冷めた白米をひとりで食べた時、その味に涙した記憶があった。
「お待ちどおさま。召し上がれ～。」
　食卓に家庭料理が並ぶ。恭介は新しい箸を受け取り、ありがたくご馳走になった。
（……たまには悪くないな。こんなふうに、賑にぎやかな晩ご飯は何年ぶりだろう）
　恭介は、ふと、日本での生活を思い出した。戻りたいわけではないが、家族や友人に幸せでいてほしいと願った。異世界へ飛ばされた恭介の心は、確実に成長を遂げていた。

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