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第245話
しおりを挟むわずか9歳のジルヴァンでも、国の法律がまちがっていると思った。なぜ、第6王子を助けたカイルが罪人として扱われ、城を追放されるのか、いくら考えても納得できない。あふれる涙が、止まらなかった。
『いやだよ、カイル……。ぼくを置いていかないで……。』
『ジルヴァン様を泣かせてしまうとは、これで本物の大罪人になりました。』
『そんなことない。……カイルは、ぼくが生まれた時から、ずっとそばにいてくれた武官なのに、こんなふうに別れるなんて、絶対いやだってば……、』
柵の隙間から小さな手を伸ばしたジルヴァンは、カイルの頬に触れた。
『ほ、ほら、こんどはぼくから触ったよ。これで、問題解決だ。カイルは無礼者なんかじゃない。それに、あのときはぼくが……、』
『ジルヴァン様、ありがとうございます。ですが、わたしに構わず、お戻りを。』
『なんでそんなこと云うの? カイルは、ぼくと離れ離れになりたいの?』
『……いいえ、それはちがいます。……わたしにとって、あなたは希望そのものです。大切な存在だからこそ、この件で御身を煩わせたくないのです。すぐに代わりの武官が配属されますから、わたしのことは、きれいさっぱりお忘れください。そのほうが身のためです。……どうか、最初で最後のわたしの願いをお聞き入れください。』
カイルは不自由な両腕を床につき、膝を折って頭をさげる。ジルヴァンの全身は、ついにカタカタと慄えだした。理不尽で非常識な業がはたらいている。王子の力ではどうすることもできない強大な権力の壁が、目の前に立ちはだかっていた。
『……カ、カイル、いやだよ、こんなの認めたくないよ。ぼくは、なんて無力なんだ……。何年も仕えてくれた武官を助ける術が、なにも思いつかないなんて……。ごめんなさい……。ごめんなさい、カイル……。』
声をがまんして泣くジルヴァンだが、牢獄の周辺が、にわかに騒がしくなるとハッとして顔をあげた。牢屋に長居しては、カイルの罪が重くなる。短い時間でそう学習したジルヴァンは、涙を拭いてカイルを見つめた。
『……いつか、いつか、かならず会いにきて。ぼくは、コスモポリテスの王子なんだ。この城で一生を終える運命だから、何十年でもカイルを待てるよ。……絶対、会いにきて。約束して。』
『しかし、ジルヴァン様……、わたしはもう……、』
『だ、だいじょうぶだよ。カイルはこれからも武人として生きていくんだ。……ぼくにだって、王子としての意地がある。なんとかやってみるよ。……カイル、ぼくが大きくなるまで元気でいてね。絶対に、また会おうね。きっとだよ。』
ジルヴァンはカイルを助ける方法をあきらめることができず、勇気づけるためにも語尾を強調した。それから、もういちど会えることを信じて背を向ける。おそらく、ルシオンの言い分が優遇され、カイルを罪人と呼ぶ者は多い。だが、ジルヴァンは長い付き合いに感謝して、手を差しのべる決意をした。
『……なにもかも、シオンの思いどおりにはさせないぞ。……カイルの将来は、このぼくが守るんだ。今までずっと、カイルがそうしてきたように……。』
本来、カイルはジルヴァンの身を案じてルシオンの行為を制したまでにすぎない。消えない烙印や追放刑を受けるような、不誠実な武官ではなかった。しかし、王宮では時として、個人的な嫉妬により、なんの罪もない人間が厳罰に処されてしまう。ジルヴァンは子どもにつき、ルシオンの浅ましい感情を理解できなかった。
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