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第244話〈頭の切れる人間〉
しおりを挟むルシオンの機嫌を損ねたカイルは、どうなってしまうのか。どんな罪を科せられるのか心配するあまり、ジルヴァンは夜中に牢屋へ忍び込む計画を立てた。むろん、ジルヴァンに仕える女官の協力は必須につき、あれこれ作戦を練った結果、正面から突入することにした。
『ジル様、本当に実行されるのですか?』
『もちろんさ。カイルの無事をたしかめなきゃ、夜も眠れないよ。』
『承知しました。万が一、計画が失敗しても、すべての責任はこのわたくしが負います。どうか、お気をつけて……。』
『だいじょうぶだよ。失敗なんてするもんか。ぼくは王子だぞ。』
ジルヴァンの計画は至って単純で、花序の間から王子がいなくなったと女官が牢屋の番人の気を引く隙に、内部へ忍び込むという計算だ。ただし、騒ぎを大きくしては他の部署の耳に入り、面倒なことになってしまうため、夜風を浴びていたら眠ってしまったといって、本人がちゃっかり登場する予定である。ジルヴァンの合図でふたりの女官が番人に駆け寄ると、時間稼ぎを始めた。
『よぉし、今のうちだ!』
小さな王子は物陰から勢いよく飛び出して、牢屋の門をくぐり抜けた。向かい合わせに太い木の柵が並ぶ薄暗い牢獄には、どこからともなく湿った風が吹きこみ、燭台に灯るロウソクの弱い火を、ちらちらと揺らしている。
『……カイル、カイル、ねぇ、どこにいるの?』
あまり大きな声で名前を呼んでは、個室の看守に気づかれるため、ジルヴァンは牢屋の独特な雰囲気にビクビクしながらも、必死に奥へ奥へと進んだ。カイルを発見した時、ジルヴァンは息を呑んだ。突き当りの牢屋に、上半身裸の状態で倒れていた。両手は鎖で固定されていたが、足は自由がきくようだ。
『カイル、カイル……。』
ジルヴァンの呼びかけに閉じていた瞼をあけたカイルは、一瞬、驚愕の表情を浮かべたが、すぐに険しい顔つきになった。
『王子様が、なぜ、このような場所へ……。い、いけません。すぐにお戻りを。』
『カイルこそ、なんで半裸なの? 寒くない?』
暗がりで気づくのが遅れたジルヴァンは『あっ』と、短く叫んでしまった。カイルの右胸に、罪人の烙印が付けられていた。火で熱した金具を用いて皮膚を焼かれた以上、生涯消しさることができない汚名を人体に受けたことになる。オッドアイの両眼から、大粒の涙が落ちた。
『カ、カイルはなにも悪くないのに、こんなのひどい……。ひどすぎる……。』
その場に項垂れた王子に、カイルは声を低めて応じた。
『ジルヴァン様……、しっかりしてください。この程度の傷、わたしなら大丈夫です。……最後まであなたをお守りすることができず、申し訳ございません。どうか、ルシオン様には気をつけてください。』
『それ、どういう意味? カイルは、どっか行っちゃうの……?』
罪人の烙印を押された者は、追放刑と決まっている。ジルヴァンがどんなに反対しても、カイルが城に残ることは、もはや不可能である。
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