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第240話
しおりを挟む恭介とザイールが軽く晩酌をする頃、ルシオンの住まいへ案内されたアレントは、豪勢な間取りの部屋でくつろいでいた。
「シオンめ。庶子とはいえ、派手な暮らしぶりではないか。」
「それほどではありませんよ。」
国王の側室から生まれたルシオンは、コスモポリテス城の裏手に並ぶ、親類が身を置くため建てられた別棟で生活を送っている。独立した建物には名前が付いており、ルシオンの住まいは〈君影堂〉と呼ばれていた。鈴蘭の別名で、可憐に咲く花が、遠い日の恋人の面影を連想させるところから、そんな異名となったようだ。また、初冬まで咲き残った菊花がさらに永らえると枯菊となり、その哀れな風情を見た故人は〈凍菊〉と呼び、国王の寵愛が尽きた妾が住まう建物の異名となっていた。ルシオンとアレントの母親も、〈凍菊の間〉で暮らしている。庶子の決まり事で、母方ヘは1週間にいちど挨拶をする必要があり、ルシオンは〈凍菊の間〉に通っていた。その途中には、城内の庭園に続く秘密の通路がある。
「……シオンよ、母上は息災か。」
「ああ。あの方は無病で健康そのものだ。これといって、周囲に警戒されるような野心など、なにも持たぬ女性だからな。」
円卓に向かい合って座り、酒を酌み交わす兄弟は、どちらも未婚である。兄のアレントは神殿に従事するためコスモポリテス城へ戻ったが、ルシオンにはまだ2年近く猶予があった。王位を継ぐ権利のない庶子は、礼制(伝統的規範)に適う婚姻関係を結ぶ必要はない。
「……おまえは、あの頃と変わってないようだな。」
ぽつりと、アレントがつぶやく。ルシオンは酒盃を膳の端へコトリと置くと、「ふふ」と笑った。あの頃とは、ルシオンが15歳の時である。8歳のジルヴァンが挨拶に顔を見せた場所は、城内の庭園だった。
ひと目で、手に入れたいと思った。わずか8歳でありながら、第6王子の内部から立ちあがってくる魅力と、無垢なる存在感は、ルシオンの欲望を掻き立てるには十分だった。
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