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第231話
しおりを挟む恭介がルシオンの思惑を勘ぐる頃、ジルヴァンは幼い時代の夢をみていた。
『義兄上、ジルが参りました。』
『ふっ、よく来た。ジルよ、名前で呼んでもらって構わないぞ。』
『え? ですが義兄上……、』
『良いのだ。そうしてくれ。』
『は、はい。承知しました。ル、ルシオンさま。』
『シオンと。』
『……シオン……さま……?』
『ジルよ。もっと近くへ。』
『はい。シオンさま。』
ジルヴァンは8歳の時、側室が産んだ義兄と初めて顔を合わせた。ルシオンは15歳の誕生日を迎えており、コスモポリテスでは成人として扱われ、すでに官途に就いている。午前中の講義を終え、城内の庭園でお気に入りの花に水を差していたところへ、第6王子がやって来た。というのも、8歳を過ぎた王子は王宮に住まう親類だけでなく、少し離れた別棟で暮らすことを許された庶子などへ顔見世の挨拶まわりをする風習があった。この時ばかりは、王子のほうが相手に対して礼を尽くす決まりにつき、ジルヴァンはルシオンに従うしかない。
『……おまえが第6王子か。』
『はい。どうぞよろしくお願いします。』
『ふむ、眼の色が左右でちがうのだな。』
『これは生まれつきで……、医官にも奇病ではないと云われました。』
渡り廊下に、ジルヴァン付きの女官と武官が4人ほど控えていたが、ルシオンに付き人はいなかった。無遠慮に顔をのぞき込まれた王子は、ルシオンと至近距離で見つめ合った。
『……あ、あの、シオンさま?』
『ふっ。かわいい義弟よ。おまえにおかしな虫がつかぬよう、これをやろう。』
そう云って、ルシオンは近くに咲いていた白い花の枝を折り、ジルヴァンへ差し出した。王子は小さな手で受け取ったが、固い葉っぱの棘を見て、ぎょっとした。
『そんなに驚かせたか? 柊の花には様々な解釈があるのだが、さしずめ〈保護〉と云ったところだろう。或いは〈先見の明〉か……。』
『シオンさま? おっしゃってる意味がよくわからないのですが……。』
『構わぬ。いずれ知ること。……おれは、自分で見たり触ったりして知覚した物事しか信用しない。まったく別の視点に着目したところで、本質は変わらないからな。』
『……えっと?』
『おまえに論じるのは、まだ早かったか。要するに、身体こそが我々の世界を像にまとめる意識なのだ。他者と共感するための媒介になる〈肉〉である。……かわいい義弟よ。憶えておけ。おれは、おまえを……、』
ルシオンが語りかける途中で、ジルヴァンは目が醒めた。
「……ん、……キョースケ?」
恭介は円卓の椅子にもたれ、仮眠していた。
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