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第220話〈恵沢/けいたく〉
しおりを挟むシグルトに素性をごまかしてから数日後、恭介は午前中で仕事を切りあげると、城内にある広場へ向かった。肩を並べて歩くアミィから授与式の作法について教わったのは、きのうのことである。横からチラチラ(アミィの)視線を感じる恭介は、「なんですか?」と直球に訊ねた。
「もしかして、似合いませんか?」
「えっ? いやだ! ちがうわよ!」
「でも、アミィさん。さっきからオレを見て、何か云いたそうな顔してますよ。」
「そ、それは、なんて云うか、キョウくんがキョウくんじゃないみたいだから……、」
「オレはオレですが……。」
「んもうっ、だから返事に困ってるのよぅ! キョウくんは、キョウくんなのに、まるでキョウくんとはちがうもの~。」
「……何が云いたいンですか。」
「だ~か~ら~、キョウくんは、きょうを境にキョウくんじゃなくなるし~。」
アミィは、部下の名前を呪文のように唱える。恭介は今から祝賀式典へ参列する。ジルヴァンが用意した礼服に袖を通すと、アミィの態度が急変した。
(馬子にも衣装ってやつかね?)
中身が同一人物でも、衣装によって見た目が大きく変わると、それなりに立派に見えてしまうものである。恭介は身につかない黄金の刺繍が衿や袖口に装飾された豪勢な衣服に気後れしたが、アミィから絶賛された。ただでさえ、今から勲章を受け取りにいく。それは、このうえない称賛である。
「ごめんなさいね、キョウくん。あたしったら、なかなかキョウくんにちゃんと話してあげられなくて……、」
「気にしてませんよ。ジルヴァンの口から今回の件を知った時は、かなり驚きましたけどね。」
「あたし、バカね……。キョウくんはキョウくんなのに、急に意識しちゃって、近寄りがたく感じちゃってたわ……。」
「うん? オレって、そんな目つきとか悪いですか?」
「ちがうわ。そういう意味じゃないの。キョウくんは無自覚みたいだけど、あなたは立派よ。」
「……え?」
「初めて見た時から、キョウくんには驚かされてばかりいるわ。」
「そうなんですか?」
「そうよ。キョウくんは、アッという間に、あたしの手の届かない場所まで行ってしまいそうね。」
(……それはどうかな。むしろオレは、アミィとは、もっと近い存在になると思うけど……)
文官試験に合格すれば、主に高官などが住まう御室堂に引っ越すことになる。アミィは第6王子の側仕えに任命されて以降、長らく御室堂に身を置いている。
(そういえば、アミィって独身だったよな? 身近な既婚者は、武官のボルグさんくらいしか知らねぇな。……ザイールもユスラも、自分の将来について、どう考えているンだろう……)
現在の仕事に責任とやりがいを感じる恭介は、文官に登用されたあとも、執務室に身を置く考えを持っていた。できればアミィのように、兼任というカタチで事務内官の務めを継続する考えである。
(とにかく、まずは式典だな。少し緊張してきたぜ……)
広場に到着すると、恭介と似たような礼服を着た功績者が、数十人ほど集まっていた。アミィに促されて席につく。ドンドン、シャンシャンと、音楽隊が太鼓や笛を演奏していた。
(こうして見ると、コスモポリテスの文化って、あちこち日本とそっくりなンだよな……。東アジアと融合した国っぽいというか……)
顔だちこそ極端に異なっておらず、なにより日本語が標準語である。恭介は時々、長い夢をみているような気分になるが、コスモポリテスで生きる自分こそが現実であると、受けとめていた。
(今更、帰れるかよ。……たとえ元の世界に戻る方法が判ったとしても、オレは、ジルヴァンのそばを離れたくない……)
そのための努力は、何があっても欠かさない。日本で会計士を目ざした頃と同じく、恭介は新たな目標と決意を再認識した。
* * * * * *
※蛇足※今話の題名は、恵の沢と書いて〈けいたく〉と読みます。恩恵と似たような意味です。話のタイトルに(なぜか)フリガナ機能がないため一応……。すみません。
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