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第210話
しおりを挟む自分をかばって血を流すウルを見たリゼルの指は、小刻み慄えた。まずはウルの躰を横向きにすると、脇腹に突き刺さっている枝を引き抜いた。その瞬間、ドプッと真っ赤な血が噴きだし、思わず恐怖を感じた。
「ウ、ウル! 大丈夫か!?」
傷口に重ねた布をかぶせ、上から強く押さえ止血する。「がんばれ!」と、必死に励ますリゼルだが、なかなか血が止まらない。生命の維持に必要とされる血液量を失った場合、心停止を来す。いわゆる失血死の危険があった。リゼルの声がけに反応を示さないウルを見るかぎり、激痛に耐えているはずだ。
「ウル! こんなところで死ぬなよ!? そんなの許さないからな!! オレと一緒にコスモポリテス城に行くぞ!!」
やや冷静さを欠いたリゼルが口をすべらせると、ウルは瞼を閉じたまま「フッ」と小さく笑った。ウルとしては、リゼルをかばって逝くことに不満はない。むしろ、好きになった半獣に最期を看取られ、心は安らかだった。
「頼むから死ぬな……。死ぬな、ウル……、絶対にダメだ……、」
あまりにも出血量が多いため判断に遅れたが、リゼルは自分の指に噛みつくと流れた血を吸い取って口腔に含み、口移しでウルに輸血した。
「オレの血を飲め。不味くてもがまんしろ……。」
何度か同じ行為をくり返すうち、死にかけていたように見えたウルに変化があらわれた。か細い呼吸は相変わらずだが、出血症状は軽減している。もともと痛みに強いウルは、生命の危機に直面しても、まったく弱音を吐かなかった。だからこそ、リゼルに必要以上の不安を与えず、処置に専念することができた。
リゼルは傷口を薬品で消毒すると、シリルが作った衣服を包帯代わりにウルの胴体へ巻きつけた。枝が突き刺さった切り口は狭いため、縫合の必要はない。あとは傷口が化膿しないよう注意をはらい、本人の回復力を信じて経過を待つことにした。リゼルはウルの肩を支えて抱き起こすと、大きな木の下へ移動した。それから、ひとりで元の位置まで戻ると、地面に染み込んでいるウルの血を泥などを掻き集めて上から固めておく。野生の肉食動物を警戒し、血のにおいが森中に拡がらないよう、さらに落ち葉などで隠しておいた。すぐにウルの居る場所へ引き返すと、樹木に背中をもたれて瞼をあけていた。
「ウル!! 起きても平気なのか!?」
「……そんなにデカイ声をださなくても、聞こえてる。」
やや高いリゼルの声は、怪我人の神経に障るらしい。皮肉っぽい科白だったが、ウルの調子が悪化していない証拠でもあり、リゼルは内心ホッとした。その後、ウルは高熱を出して夜通し苦しんだが、ケガの回復は順調だった。
3日目の朝、地面に躰を横たえるオオカミが目を覚ました時、リゼルの膝を枕にしていた。足もとに、使い切った薬品の瓶や、汗と血で汚れた包帯が散らばっている。3日2晩、リゼルは手厚くウルを介抱した。リゼルの寝顔に疲労の色を確認したウルは、音もなく人型になると、そっと額へ口づけた。
「まったく、よくわからんガキだ。……そうまでして、オレサマを助ける必要なんか、おまえにはないだろう。」
リゼルの本心を知らずにいるウルは、これほど熱心に世話を焼かれる理由が不明につき、意外でならなかった。しかし、救われた命を粗末にするほど浅はかではない。半獣の静かな寝息を見まもりながら、改めて恋愛感情を強く意識した。
「待たせたな、リゼル。……行こうぜ。コスモポリテス城とやらへな。」
* * * * * *
※次話より第3部スタートとなり、時間軸は恭介視点へ戻ります。
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