恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第209話

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 育児放棄とは、言葉の響きがもつ以上に、複雑な理由が含まれているにちがいない。リゼルはウルのい立ちを気の毒に思ったが、同情されて喜ぶほど相手の精神力は弱くない。少なくとも、リゼルよりずっと厳しい状況下でき抜いてきたはずだ。ウルは苦労話を聞かせるような性格ではないため、リゼルのほうで配慮が必要だった。

「なぁ、ウル。コスモポリテス城にいる連中は、オレたちの姿を見たらびっくりするだろうな。なんせ、半獣と人狼だぜ? 今から人間の反応がたのしみだな。」

 ウルはまぶたを閉じていたが、耳はこちらへ傾けている。ピコピコと動かしてみせ、リゼルの言葉に苦笑したようだった。リゼルは日常的に頭巾フードかぶり、獣耳けものみみを隠している。城下町へ行ったときも、ありのままの姿で人間とは対峙たいじしていない。

「……城には、どんな奴等やつらがいるんだろう。ここはオレが生まれた国だし、ひとりでもいいから信じられるヤツを見つけたいな。ウルも戸籍こせきをもらって、一緒に働こうぜ。戸籍って何かわかるか? オレも父さんから教わったんだけど、国民の公証あかしを登録すれば、職にきやすくなるんだってさ。……父さんからもらった旅費がなくなる前に、働き口を見つけないとな。」

 ゼニスのように傭兵ようへいとして腕一本で稼げるほど、リゼルは強くない。きちんと力量を自覚して、生計せいけいの維持を優先的に考えた。また、リゼルの体内なかには人間の血が流れているため、社会への期待をせずにはいられなかった。

「3年後のきょう、胸を張っていられるよう、がんばろうぜ。ウル。」

 リゼルは荷物から水筒を取り出して咽喉のどうるおすと、再び歩きだした。自然領域を北上ほくじょうするのは今回が初めてにつき、地形にくわしくない。地図もないため、なるべく慎重に歩を進めていたが、アカデメイア川を越えてからは足場が悪くなった。倒木や岩が転がり、体勢を崩しやすい。

「うわっと!?」

 うっかりよろめくと、ドンッと背中に何かが当たる。人型になったウルが、咄嗟とっさに支えてくれた。

「気をつけろよ。そこら辺は腐った落ち葉も見えるから、踏むと足がすべるぞ。」

「あ、ああ。わかった……、」

 獣耳みみもとにウルの吐息を感じたリゼルの胸は、むやみにドキドキ高鳴った。胴体に片腕をまわし込まれているため、心臓の音がウルにも伝導つたわってしまう。

「緊張してンのか?」

「ち、ちがう! これは、そんなんじゃない!!」

 助けてもらったのにウルの腕を雑に振りほどいて距離を置くリゼルは、気持ちの整理をした。あくまで、ウルは従者じゅうしゃという役割である。愛求に身をささげては、大きな目標に支障をきたすおそれがあるため、急な発展はこのましくない。たとえ弱虫だとか臆病だと云われても、相互そうご関係を大事にしたいからこそ度を越さないよう節制せっせいした。

「い、行くぞ!」

 自身の言動が性欲の発展に影響しては困るため、リゼルは、なるべくウルに近づかないようにした。ところが、背後の気配を意識するあまり、地表に盛りあがった木の根につまずき、後方へ転倒した。ドタッと音がしたが、何か柔らかいものを感じた。肩越しに振り向くと、ウルが下敷したじきになっている。また助けられたリゼルは、素直に不注意をびた。

「悪い、ウル。平気か?」

 返事がない。それどころか、ウルは瞼を閉じたまま動かなくなっている。
「……ウル? どうした?」
 ようすが変だ。そう思ったリゼルは、次の瞬間ハッとした。ウルの脇腹わきばらから血が流れている。地面に落ちていた木の枝が、背面に突き刺さっていた。

「ウル!! ウル!!」

 青ざめて肩をゆり動かすと、ウルは小さくうめいた。傷が深いのだ。リゼルはあわてて荷物の中をあさり、ゼニスが持たせてくれた薬品や包帯を取り出した。

「ウル! しっかりしろよ!? 今、なんとかしてやるからなっ!!」

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