210 / 364
第209話
しおりを挟む育児放棄とは、言葉の響きがもつ以上に、複雑な理由が含まれているにちがいない。リゼルはウルの生い立ちを気の毒に思ったが、同情されて喜ぶほど相手の精神力は弱くない。少なくとも、リゼルよりずっと厳しい状況下で生き抜いてきたはずだ。ウルは苦労話を聞かせるような性格ではないため、リゼルのほうで配慮が必要だった。
「なぁ、ウル。コスモポリテス城にいる連中は、オレたちの姿を見たらびっくりするだろうな。なんせ、半獣と人狼だぜ? 今から人間の反応が愉しみだな。」
ウルは瞼を閉じていたが、耳はこちらへ傾けている。ピコピコと動かしてみせ、リゼルの言葉に苦笑したようだった。リゼルは日常的に頭巾を被り、獣耳を隠している。城下町へ行ったときも、ありのままの姿で人間とは対峙していない。
「……城には、どんな奴等がいるんだろう。ここはオレが生まれた国だし、ひとりでもいいから信じられるヤツを見つけたいな。ウルも戸籍をもらって、一緒に働こうぜ。戸籍って何かわかるか? オレも父さんから教わったんだけど、国民の公証を登録すれば、職に就きやすくなるんだってさ。……父さんからもらった旅費がなくなる前に、働き口を見つけないとな。」
ゼニスのように傭兵として腕一本で稼げるほど、リゼルは強くない。きちんと力量を自覚して、生計の維持を優先的に考えた。また、リゼルの体内には人間の血が流れているため、社会への期待をせずにはいられなかった。
「3年後のきょう、胸を張っていられるよう、がんばろうぜ。ウル。」
リゼルは荷物から水筒を取り出して咽喉を潤すと、再び歩きだした。自然領域を北上するのは今回が初めてにつき、地形に詳しくない。地図もないため、なるべく慎重に歩を進めていたが、アカデメイア川を越えてからは足場が悪くなった。倒木や岩が転がり、体勢を崩しやすい。
「うわっと!?」
うっかりよろめくと、ドンッと背中に何かが当たる。人型になったウルが、咄嗟に支えてくれた。
「気をつけろよ。そこら辺は腐った落ち葉も見えるから、踏むと足が滑るぞ。」
「あ、ああ。わかった……、」
獣耳もとにウルの吐息を感じたリゼルの胸は、むやみにドキドキ高鳴った。胴体に片腕をまわし込まれているため、心臓の音がウルにも伝導わってしまう。
「緊張してンのか?」
「ち、ちがう! これは、そんなんじゃない!!」
助けてもらったのにウルの腕を雑に振りほどいて距離を置くリゼルは、気持ちの整理をした。あくまで、ウルは従者という役割である。愛求に身をささげては、大きな目標に支障を来すおそれがあるため、急な発展は好ましくない。たとえ弱虫だとか臆病だと云われても、相互関係を大事にしたいからこそ度を越さないよう節制した。
「い、行くぞ!」
自身の言動が性欲の発展に影響しては困るため、リゼルは、なるべくウルに近づかないようにした。ところが、背後の気配を意識するあまり、地表に盛りあがった木の根につまずき、後方へ転倒した。ドタッと音がしたが、何か柔らかいものを感じた。肩越しに振り向くと、ウルが下敷きになっている。また助けられたリゼルは、素直に不注意を詫びた。
「悪い、ウル。平気か?」
返事がない。それどころか、ウルは瞼を閉じたまま動かなくなっている。
「……ウル? どうした?」
ようすが変だ。そう思ったリゼルは、次の瞬間ハッとした。ウルの脇腹から血が流れている。地面に落ちていた木の枝が、背面に突き刺さっていた。
「ウル!! ウル!!」
青ざめて肩をゆり動かすと、ウルは小さく呻いた。傷が深いのだ。リゼルは慌てて荷物の中をあさり、ゼニスが持たせてくれた薬品や包帯を取り出した。
「ウル! しっかりしろよ!? 今、なんとかしてやるからなっ!!」
* * * * * *
3
お気に入りに追加
183
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる