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第208話〈解き放たれた者〉
しおりを挟むリゼルがコスモポリテスに誕生してから、1年半が経過していた。よく晴れた日の朝、自然領域の洞窟には誰の姿もなかった。
「行っちゃったね……。」
シリルがぽつりとつぶやく。ゼニスは肩がけのサックから地図を取り出すと、現在地を確認した。
「シリル、元気をだせ。リゼルとウルなら大丈夫だろう。3年後の再会を楽しみにしようじゃないか。」
「うん。そう……だね……。ぼくたちの子だもん。信じてあげなきゃ、ダメだよね!」
「ああ、その意気だ。」
今から数時間前、リゼルはウルと共に旅立っていった。別れの挨拶は「行ってきます。ふたりとも健康に注意してね」とリゼル、「世話になった」とウルが、それぞれ短いものだった。しかも、3年後の再会場所にリゼルが指定した場所は、自然領域ではなく、コスモポリテス城の門前である。その発言の意図を読み取れなかったシリルは首を傾げたが、ゼニスは思うところがあるらしく、「了解」と応じた。シリルはうるむ目でリゼルの背中を見送ると、ゼニスと移動を開始した。
クルセイドは、コスモポリテスに隣接する法国である。オルグロスト共和国より治安がよいため、ゼニスの判断で入国を決めた。あのまま洞窟で暮らすより、シリルと多くの地域を見てまわろうと考えたゼニスは、可能なかぎり知識を蓄えておくつもりだった。経験と勘は、様々な問題の解決に役立つ。これまで、シリルとの約束を最優先し、監視塔に身を置き続けたゼニスは、息子の独り立ちを機に、自らも視野を広げることにした。
「行くぞ、シリル。しっかり歩け。お前のそばにはおれがいる。」
「……ゼニス。……うん。ありがとう!」
リゼルを心配するあまり気分が落ちこむシリルだが、ゼニスが手を差しのべると笑顔で飛びついた。
「あのふたりも、こんなふうに手をつないで歩いてるのかなぁ。」
「ふっ。そうだといいがな。」
「ふたりとも喧嘩してないかなぁ。リゼルは、ちょっと短気なところがあるし、ウルはお調子者だから……、」
「あいつらが本気で争えば、死人がでるだろうな。」
「えっ、それって、どっちが死ぬの!?」
「間違いなくウルが死を選ぶ。」
「えぇ~っ? そんなのダメだよ! リゼルがウルを殺すだなんて、絶対にダメ!!」
「ああ。そうならないための努力をウルがしている。リゼルは気づいてないかもしれんがな。」
「そうなの? ゼニスってなんでもわかるんだね。すごいや!」
「あいつらが単純明快なんだよ。」
ゼニスはシリルと共に、クルセイド法国を目ざして歩く。守るべき存在が再びシリルひとりきりとなった今、ほんの少し肩の荷が下りたような気がした。同時に、3年後の自分たちも、リゼルが誇れる姿でいようと心に極めた。
洞窟を去ったリゼルは、東緯へ向かい歩を進めていた。四足歩行でついてくるウルは、日中はオオカミの姿で過ごすほうが楽だと云う。シリルからもらった衣服は汚れないようにと、リゼルの荷物の中にまとめてある。人型になっても、腰まわりには髪の色と同じ焦茶色の体毛があり、下半身が丸見えになることはない。黙々と歩き続けること2時間後、ひと休みするため、近くの切株に腰をおろした。
「ふぅ、けっこう歩いたな。ウル、少し休憩だ。」
リゼルの指示に従って、ウルはオオカミのまま伏せをする。本来、あまり友好的な種族ではない人狼だが、ウルの性格は異なった。
* * * * * *
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