208 / 364
第207話
しおりを挟むリゼルの生きる道は、ゼニスやシリルのように自然界で暮らすことではなかった。成長するにつれ、社会に対する野心や理想を思い描くようになり、それは自己の存在を問い直す意味も含まれていた。同じ生命社会の一員として、人間と対等の資格を得ることが目標である。とはいえ、畑を作り、家を建て、焚木を集めて火をおこす生活に、不満を感じたことはない。
だが、リゼルはゼニスと城下町へ足を運んだとき、人間との共生関係を樹立できないか思考をめぐらせていた。現在、実績はなにもないが、促進することはできる。すべての生き物が、生きようとする意志は自由であり、行動の目的が悪でないかぎり、挑戦する姿勢は必要である。
ゆえに、リゼルの独立は、肯定されるべきものである。相槌を返すゼニスに対して、シリルは複雑な心持ちになった。
「そんな、どうして? ぼくはまだ、リゼルが心配だよ。……やっぱり、ゼニスの云うとおり、過保護なのかな?」
「シリル、気持ちはわかる。だがな、リゼルの信念を尊重してやろう。なにか、計画があるのだろう。」
迷いのない双瞳で両親の顔を見据えるリゼルは、ひとりではなく、ウルと一緒に旅立ちを決意している。リゼルの中で、新しい感情の芽生えを確信したゼニスは、いっそ清々しい気分だった。
「リゼル、ウルよ。これからは自分たちの納得がいくまで励むといい。救いが必要な時は、いつでも手を貸してやる。」
「本当? 父さん!」
「ああ。念のため云っておくが、人間を軽々しく信じるなよ。むやみに傷つけてもダメだ。そのへんの折り合いは、学習して身につけろ。物事を実行するまえに、己の正義と立場を考えろ。もっとも、自分におびえていては、なにも始まらないがな。」
ゼニスの言葉が胸に熱く響くリゼルは、背後からの視線が気になった。ウルが見ている。隠しきれない臆病な側面を、父親に見透かされていた。とりあえず、今後の課題は社会進出と、ウルとの関係性である。発達の目安としてリゼルは青年に区分されたが、まだ精神的な部分が幼いため、第三者の支えは必須だった。すでに大人の部類にあたるウルの存在は大きい。ゼニスは、ウルを信頼して息子を任せることにした。
「リゼル。いつ出発する予定だ。」
「はっきりとは決めてないけど、晴れの日がいいな。」
「なるほど。コスモポリテスは温暖な気候だ。明日の可能性もあるということか。」
「うん。朝起きて、調子がよかったら出ていく。」
「いいだろう。特別なことは何もせず、いつもどおりの生活を続けよう。別ればかり意識しては、シリルの身がもたん。」
「……って、母さん!? なんで今から泣いてるの!?」
見れば、シリルはゼニスの背中にしがみつき、大粒の涙を流していた。
「うぅ~っ、だってぇ、リゼルとウルに会えなくなっちゃうから……!」
「ばかだな、母さん。オレの話はまだ終わってないよ。」
「ほえ?」
「あのさ、これは提案なんだけど、3年ごとに家族で集まらないか?」
「集まるって、どこに?」
「どこだって平気さ。家族のにおいは忘れない。」
「う、うん! わかった! 約束だよ!」
「ああ、約束する。3年後にまた会えるから、そんなに泣かないで。」
リゼルが手巾を差し出すと、シリルは無理して笑い、涙を拭いた。
* * * * * *
1
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる