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第207話
しおりを挟むリゼルの生きる道は、ゼニスやシリルのように自然界で暮らすことではなかった。成長するにつれ、社会に対する野心や理想を思い描くようになり、それは自己の存在を問い直す意味も含まれていた。同じ生命社会の一員として、人間と対等の資格を得ることが目標である。とはいえ、畑を作り、家を建て、焚木を集めて火をおこす生活に、不満を感じたことはない。
だが、リゼルはゼニスと城下町へ足を運んだとき、人間との共生関係を樹立できないか思考をめぐらせていた。現在、実績はなにもないが、促進することはできる。すべての生き物が、生きようとする意志は自由であり、行動の目的が悪でないかぎり、挑戦する姿勢は必要である。
ゆえに、リゼルの独立は、肯定されるべきものである。相槌を返すゼニスに対して、シリルは複雑な心持ちになった。
「そんな、どうして? ぼくはまだ、リゼルが心配だよ。……やっぱり、ゼニスの云うとおり、過保護なのかな?」
「シリル、気持ちはわかる。だがな、リゼルの信念を尊重してやろう。なにか、計画があるのだろう。」
迷いのない双瞳で両親の顔を見据えるリゼルは、ひとりではなく、ウルと一緒に旅立ちを決意している。リゼルの中で、新しい感情の芽生えを確信したゼニスは、いっそ清々しい気分だった。
「リゼル、ウルよ。これからは自分たちの納得がいくまで励むといい。救いが必要な時は、いつでも手を貸してやる。」
「本当? 父さん!」
「ああ。念のため云っておくが、人間を軽々しく信じるなよ。むやみに傷つけてもダメだ。そのへんの折り合いは、学習して身につけろ。物事を実行するまえに、己の正義と立場を考えろ。もっとも、自分におびえていては、なにも始まらないがな。」
ゼニスの言葉が胸に熱く響くリゼルは、背後からの視線が気になった。ウルが見ている。隠しきれない臆病な側面を、父親に見透かされていた。とりあえず、今後の課題は社会進出と、ウルとの関係性である。発達の目安としてリゼルは青年に区分されたが、まだ精神的な部分が幼いため、第三者の支えは必須だった。すでに大人の部類にあたるウルの存在は大きい。ゼニスは、ウルを信頼して息子を任せることにした。
「リゼル。いつ出発する予定だ。」
「はっきりとは決めてないけど、晴れの日がいいな。」
「なるほど。コスモポリテスは温暖な気候だ。明日の可能性もあるということか。」
「うん。朝起きて、調子がよかったら出ていく。」
「いいだろう。特別なことは何もせず、いつもどおりの生活を続けよう。別ればかり意識しては、シリルの身がもたん。」
「……って、母さん!? なんで今から泣いてるの!?」
見れば、シリルはゼニスの背中にしがみつき、大粒の涙を流していた。
「うぅ~っ、だってぇ、リゼルとウルに会えなくなっちゃうから……!」
「ばかだな、母さん。オレの話はまだ終わってないよ。」
「ほえ?」
「あのさ、これは提案なんだけど、3年ごとに家族で集まらないか?」
「集まるって、どこに?」
「どこだって平気さ。家族のにおいは忘れない。」
「う、うん! わかった! 約束だよ!」
「ああ、約束する。3年後にまた会えるから、そんなに泣かないで。」
リゼルが手巾を差し出すと、シリルは無理して笑い、涙を拭いた。
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