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第201話
しおりを挟む別に気まずくはない。ウルとは何もなかった。接吻くらいで傷つくほど乙女ではない。リゼルは深呼吸をしながら、自分にそう云いきかせた。
「……あいつのために悩むのはやめだ、やめ。オレはオレだ。自分のことを第一に考えよう。」
洞窟の中へ戻ると、オオカミの姿になったウルと目が合った。あまり長い時間、人型でいられないらしい。ただし、満月の夜はちがった。人狼の生態は謎に包まれていたが、それは半獣も同じである。
「おい、ウル。オレはあと少しで洞窟を出ていく。……獣人の雄は、成獣になったら集落を去る決まりがあるんだ。オレだって、いつまでも父さんと母さんに甘えるわけにはいかない。オレは父さんみたいに色んな国を見てまわり、自分の生き方を探すつもりだ。……いいか、覚えておけ。おまえはオレの従者だ。だから、ついてくるのはかまわない。ただし、さっきみたいな真似をしたら蹴り飛ばす。わかったか!」
ウルの存在を否定せず、そばにいることを認めたリゼルは、腹をくくって今後の方針を告げた。もしかしたらウルが、あるいはリゼル自身が、いつか心変わりするかもしれない。そう信じて。
ウルは微かに息を吐き、フッと笑ったようにみえた。どんな相手だろうと、勇気をもって存在を認めてしまえば、これまでとはちがった価値観で捉えることができるはずだ。少なくとも、ウルは悪人ではない。その気になれば無理強いが可能な状況にも拘わらず、手加減をしている。それは、本気でリゼルを傷つけようとしていない証拠だった。
「……腹、減ったな。飯にするか。」
リゼルはゼニスが加工処理した干し肉や、森で拾い集めた木の実などを葉っぱの上に並べた。
「ウル。来いよ。」
ごく自然に、壁際のウルを自分の隣に呼び寄せた。むくりと起きあがり、ヒタヒタと歩くオオカミは、一張羅の裾をずるずると引きずっている。なんとなくおかしくなって笑うと、いきなりウルが人型になった。
「わ、なんだ!?」
「なんだって、飯だろ。オオカミの姿じゃ箸が使えない。」
「……あ、そう。おまえってなんの音も立てず人型になるから、心臓に悪いんだよ!」
「へえ? 何かされると思った? それとも期待した?」
「う、うるさい! いいから黙って食え!」
何度も見ている人型のウルを、過剰に意識してしまうリゼルの頬は赤くなっていた。
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