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第193話〈それがどうした〉
しおりを挟む初めての接吻は、無理やりだった。ウルは強引に舌を挿入してくるし、リゼルの呼吸が乱れてもしつこいくらい口唇を押しつけてきた。瞭らかに、嫌われることを目的として、わざと雑な扱いを受けたリゼルは、思いきって頭突きをくり出した。
ガツッと鈍い音がして、口腔を自分の歯で切ったウルの口端から赤い血が流れた。かなりの衝撃と激痛を伴ったはずなのに、呻き声すら発しないのは、ウルの性格である。熟睡していたシリルが、なにやら不穏な空気を察して、ぼんやり目を覚ました。
「う、う~ん。リ……ゼル? ……なにしてるの……?」
「なんでもない。おやすみ、母さん。」
「そう? おやすみィ。」
リゼルはウルの前から離れると、シリルの隣の寝床へ戻り、ゴロンとカラダを横たえた。眠りにつきたくてもウルの言動に対する不快感が消えず、なかなか寝つけなかった。なにより、あっさり口唇を奪われたことが赦せない。腹が立って仕方がないリゼルの横で、「ゼニスぅ、大好きィ」と寝言を口走るシリルは、幸せな夢をみているにちがいなかった。
翌朝、洞窟内にウルの姿を発見できなかったリゼルは、入口へ向かった。柵の前にゼニスが立っている。
「父さん。おはよう、」
「ずいぶん早いな。」
「なんか寝つけなくて。……それよりあいつがいないンだけど、」
「ウルなら散歩に出ている。その辺にいるだろう。」
「散歩? ……あいつが散歩ねぇ。」
「ウルが気になるのか?」
「えっ? ち、ちがう。そんなンじゃない!!」
ついムキになって否定するリゼルを見たゼニスは、小さく苦笑いした。半獣と人狼という特種な組み合わせのふたりだが、その関係が悪いほうへ向かってしまわないよう、ゼニスは年長者として忠告することにした。
「リゼル。誰かに必要とされた時は、相手の言葉に耳を貸してやれ。」
「な、なにさ、突然。」
「少し、昔話を聞かせてやろう。……おまえは、間違いなくおれとシリルの子だ。だがな、シリルに好かれた当初、おれは獣人を娶るつもりなど微塵もなかった。まして、シリルが両性具有だと判明しても、自分の子を産ませようとは考えもしなかった。」
ゼニスが己の過去を語る。それは稀なことにつき、リゼルは頭巾を解いて獣耳をそばだてた。
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