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第192話
しおりを挟むホーゥ、ホーゥ、と、フクロウの啼く声が聞こえる。夜中に目を覚ましたリゼルは、並んで眠るシリルの寝顔を見てホッとすると、少し離れた場所で丸くなっているウルに目をとめた。ゼニスの姿は視界にない。森に不審な動きがないか、洞窟の入口付近で見張りを兼ねて浅い眠りにつく。それがゼニスなりの家族の守り方だった。
リゼルは昼間、シリルに云われたことが気になっていた。自分はウルばかり見ているらしい。確かにそうかも知れない。無意識に警戒しており、つい行動を目で追っていた。出会いこそ最悪だったが、今となっては誰よりも近くにいる存在である。リゼルはふと、ウルの今後について思考をめぐらせた。
「……こいつ、オレが独り立ちしたらどうするンだ? まさか、このままずっと、父さんと母さんの世話になる気じゃないよな。」
ウルの側まで移動したリゼルが、ぼそっとつぶやくと、眠っていたと思った相手がパチッと瞼を開けた。
「わ、なんだよ。起きてたのか。」
オオカミの姿でいる時は人語を話せないため、ウルは自分の意思で人型へと姿を変えた。焦茶色の髪を指で掻きあげ、ふぅと、ため息を吐く。シリルからもらった一張羅を着ていたが、腰紐が解けている。そんな恰好で胡座をかくものだから、うっかり股のあいだについているものがリゼルの視野に映り込む。洞窟内は薄暗い。だが、ふたりの距離は近く、互いの顔のカタチなどはっきり見えていた。ウルは、なぜか真剣な表情をしている。リゼルは一瞬、身がすくんでしまった。
「……な、なんだよ、」
「なにが。」
「なにが……って、き、聞こえてたンだろ。さっきオレが云ったこと……、」
「独り立ちの話か。」
「……やっぱり、聞いてたのか。」
「ああ。聞こえた。」
「それなら、おまえの考えを寄越せ。この森に、いつまでいる気だよ。」
「おまえこそ、いつ独り立ちする気だ。」
「質問してるのはこっちだぞ。それに、オレがいつ出ていこうが関係ないだろ。」
「ある。」
「は? なんで、」
「オレサマもおまえと出ていくからさ。」
「オレと……って、ついてくる気かよ。」
「ああ。」
「どこまで……、」
「どこまでも。」
「真面目に答えろ。」
「オレサマは真面目だ。」
「嘘つけ。」
「嘘じゃない。おまえに殺されるまで、そばにいる。」
「なに?」
「死に損なったからな。責任とれ。」
ウルは云いながら、首筋の傷痕を指で示す。リゼルの胸は、なぜかチクリとした痛みを感じた。
「……おまえ、なんでそんなに死にたがってンだよ。よくわからないけど、まだそこまで老けてないだろ。」
「年齢の問題じゃない。オレサマは、生きるのに疲れた。どうせ死ぬなら、好きなやつに殺されたい。」
「好きなやつって……?」
「文脈で悟れ、ガキ。おまえのことだ。」
「な、なにを云いだすンだ、」
「オレサマは、おまえになら殺されてもいいと心に決めた。だから、死ぬまで離れてやらない。おまえはそのうち、オレサマの存在を憎らしくて邪魔だと思うはずだ。その時は遠慮なく殺してくれ。」
「おい。ふざけたこと云うな。それ以上おかしな話をすれば、今すぐ息の根を止めてやる。」
「本望だ。」
ウルはリゼルの腕を掴んで引き寄せると、口唇を奪った。突然の口づけに驚いたリゼルは、拒絶反応が遅れた。たった今、ウルに好きだと告白されたも同然のリゼルだが、にわかに信じられず、むしろ、腹が立ってきた。
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