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第190話〈ウルの決意と傷〉
しおりを挟む鍛練のあとは、川で汗を流す。それがリゼルの日課となっていた。ウルはオオカミの姿でピチャピチャと水面に舌をのばしている。スイスイ泳ぐ小魚を見つけるなり、いきなり牙を立てバクッと喰いつき、腹の足しにした。
リゼルは帯巻きを外して袖から腕を引き抜くと、手巾を濡らして肌を拭いた。下半身は最後に洗う。時間をかけて丁寧にカラダを拭くリゼルに対し、ウルはというと、バシャバシャ水しぶきをあげて泳ぎまわっている。人間でいる時より、オオカミの姿でいるほうが自然なようすである。ちなみに、西陽が沈むまえに洞窟へ帰らなければ、シリルに怒られてしまう。いわゆる門限というやつで、家族内の決まり事のひとつであった。
「おい、チビ。」
ウルは、リゼルを名前で呼ぶことはない。たいてい、おまえ、あんた、ガキ、といった具合である。チビに至っては、ほんじつ追加されたばかりだ。リゼルもまた、対抗心からウルを名前で呼ぶ気にはなれないが、名付け親がゼニスにつき、複雑な心境だった。いつの間にか、ウルがそばにいる日常が当たり前になっている現状も悩ましく、素直に受け容れ難い。
「おい、チビ。」
リゼルは、二度目の呼びかけに対して「なにさ」と、素っ気ない返事をした。見れば、ウルが人型になっている。ザブザブと川の中を歩き、リゼルのところまで近づいてきた。
「お、おい。おまえ、それって……、」
まだカラダを洗っている途中だったリゼルは、ウルの下半身へ目をとめるなり、ぎょっとなる。男根が勃っている。思わず青ざめて硬直すると、さらにウルが歩み寄ってきた。
「なんだ、チビ。もしかして自分以外の生理現象を見るのは初めてか?」
「なっ!?」
「こんなもの、ただの身体作用だろう。」
ウルは平然とした態度で、自身の男根に指を絡めて処理をする。あまりにも生々しい光景に、リゼルは「うげっ」と云って顔をしかめた。
「なんだよ、うげって。失礼なやつだな。」
「む、向こうでやれよ! なんで、わざわざこっちに来てやるんだ!!」
「男同士だし、隠すもんでもないだろ。」
「そこは隠せよ! 仮にも、おまえだって半分は人間じゃないのか!?」
「人狼の誕生には諸説あるんだよ。自分の祖先なんて知るか。」
「……し、知らない?」
「ああ、まったく。……うっ、くぁっ!」
ウルは川の中へ射精するとハァハァ息を吐きながら、余情に浸る。リゼルは視線を逸らしていたが、ウルの息づかいが近いため、下半身が少し熱く感じられた。おかしな雰囲気になる前に素速くカラダの汚れを拭き取ると、サッと身装を直した。
ウルの首筋には刀傷がある。リゼルが短剣で切りつけた痕で、ちょうど目の高さにつき、肩を並べて歩くと妙に気になった。ゼニスいわく、シリルを襲った罰であり当然の報いだが、ウルと過ごす時間がふたりより長いリゼルは、罪悪感に捉われた。
もし、あの時、オレが
もっと深く刺していたら、
こいつは死んでいたはずだ……。
それなのに、こいつときたら、
いつもふざけてばっかりで……。
言葉にしないリゼルの葛藤は、ウルにも察しがついた。リゼルは時々、悲しげな表情をする。それはたぶん、自己嫌悪にちがいない。
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